13
微かに変わった空気と視線に、遊士は眉を寄せる。
これは何か嫌な感じだ。
ざわざわと肌に伝わる不快感を払う様に、遊士はじりっと足を動かし声を上げた。
「hurry up!やんのかやんねぇのかさっさとしな」
「…秀吉」
その声に半兵衛はチラリと秀吉に目配せし、秀吉は武器でもある拳をグッと握った。
「良いだろう。身の程を教えてやる」
ブンッと唸りを上げ、繰り出された右拳を体ごと横へ跳んでかわす。
その際風圧で巻き上げられた礫がバラバラと体にあたるが、遊士は気にすること無く、右拳を突きだしガラ空きになった秀吉の脇を狙う。
「ha―!」
左に持った刀で狙いを定め、右の刀を防御に回す。
その刃が秀吉の体に届く寸前、突き出された右拳が接近した遊士を振り払う様に外側へ振られた。
「ふんっ!」
声と共に迫る拳圧を右の刀で受け、左の刀で秀吉の脇を切り裂く。
「ぐっ―…ぅ…!」
しかし、痛みに顔を歪めたのは遊士の方だった。
受け流し切れなかった衝撃が右肩にまで伝わり、キシリと骨が鈍く軋む。
刃先に付着した微量の血痕を払い、刃を退いて遊士は後方へ跳びすさった。
つぅとこめかみから冷や汗が落ちる。
受け流しきれなかっただけでこの衝撃…
遊士は秀吉から視線を外さないまま右の肩を軽く動かし、異常がない事を確認した。
接近戦は厳しいか?
いや、しかし、と微量の血が付着した左の刀をちらりと見やる。
「余所見をしてる暇があるのか」
一瞬の隙すら見逃さず、攻撃の手を緩めず迫る右拳と左拳の連打に、遊士はバチッと刀に雷を走らせ防御に転ずる。
「――くっ」
重くのし掛かる拳の威力を雷撃で半減させ、拳の打ち出された方向に逆らわず刃を流して、その力を受け流す。
技の最後には必ず切れ目があるはずだ。途切れた隙を見極め、竜の爪を攻撃へと転化させる。
「JET-X!」
「ぬぅっ!?」
砂塵を巻き上げ続く攻防に、半兵衛は瞳を細め、対峙する彰吾に視線を戻す。
「秀吉の邪魔はさせないよ」
関節剣を構え、ひたりと見据えてくる眼差しを彰吾は真っ向から迎え撃つ。
右手に握った覇龍を斜め下に構え、上段から自分めがけて振り下ろされた関節剣を弾く。
―ギィン!
そこから更に伸びてきた剣を躱し、彰吾は一歩踏み込んで刀を突き出した。
彰吾の突き出した刀を半兵衛は身を半身にして躱し、柄に戻ろうとする関節剣の刃で彰吾の背を狙う。
それを彰吾は身を捻り、突き出した刀で受ける。
ギャギャギャギャとぶつかり合った刃が擦れ、耳障りな音が立つ。
「はぁっ!」
「――っ!?」
バチンと彰吾が関節剣を押しきり、その衝撃で僅かに揺らいだ半兵衛の重心を彰吾は鋭い蹴りを放って崩しにかかる。
右の脇腹に容赦無く、脛あてをした右足を叩き込む。
「がっ―…!?」
この時代、数人の例外を除き、一般的には体術による戦闘は珍しいだろう。半兵衛は声を漏らし、苦痛に顔を歪めて崩れ落ちるのを、剣を地面に突き立て辛うじて防ぐ。
同時に、蹴りを放った彰吾は脇腹に走った鈍痛に微かに眉を寄せた。
それでも思考することは止めない。
コイツの狙いは何だ?
考えろ…
上杉、武田を打ち破った次は伊達。それは分かる。
しかし何故…。頭のキレる竹中なら二手に別れることも分かっていたはず。
休む時を与えず、辛うじて立っている竹中に向かい彰吾は地を蹴る。
「はぁっ!」
政宗様がここには居ないと告げた時の竹中の平然とした態度。遊士様が足止めだと分かった時の竹中の余裕。…嫌な予感しかしない。
まさかな、と脳裏に浮かんだ考えを彰吾が刀を振り下ろして散らせた時、
「っ、ぐぁあぁ―…っ!?」
すぐ近くで悲鳴に近い呻き声が上がった。
「遊士様―っ!!」
自分を呼ぶ声が、口から漏れた呻き声と重なり遠くで聞こえる。
激しい攻防の末、秀吉の左拳が遊士の右肩を捉えた。
「ぐぁぁ――っ!!」
肩から骨を伝って走った激しい痛みに遊士の動きが鈍る。そこへ隙を見逃さず秀吉の右手が伸びる。これを、遊士は何とか左の刀で斬りつけ凌ぐ。
「ぬぅっ…!!」
だが、右肩から全身へ伝わった衝撃のせいで力があまり入らない。先の攻撃を受けて握力を失った右手からガシャンと刀が地に落ちる。
「shit…っ!」
すぐさま体勢を調え様と間合いを外した遊士を、そうはさせじと唸る拳が追う。
足元に落ちた刀の刀身を秀吉に踏まれ、拾い上げることは出来ず。遊士は一刀で応えた。
「っりゃぁっ!」
秀吉の重い打撃を紙一重で避け、初撃で傷を負わせた秀吉の脇腹めがけ、雷撃を纏わせた左の太刀で斬り込む。
右腕は肩を外されたのか痛みが走るばかりで使えそうになかった。
「ぐぬぅっ―!!」
バチバチと音を立てる刀が秀吉の脇腹に吸い込まれる。
蒼白く発光する刀身が鎧を切り裂き、秀吉の脇腹から血を溢れさせる。
「ha――!!」
確かな手応えに遊士が刀を持つ手に力を込めたその時、
「ふんっ!」
手にした刀ごと腕を掴まれ、宙へと体を引き摺り上げられた。
左腕を掴まれたまま宙に引き上げられことで自身の重みが一気に左腕一本にかかり、ギシリと骨が悲鳴を上げる。
「――っぅ!!」
奥歯を噛み、遊士は漏れそうになった声と身体中に広がる痛みを無理矢理殺す。
痛みに呻く遊士の覇気はそれでも揺らぐことなく。月の光を受けて輝く金の鋭い瞳は秀吉を射抜いていた。
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