08


近江の地も半ばに差し掛かかる頃には、陽は山の向こうへと沈み、周囲は闇に包まれた。

少し前に火を灯した無数の松明が風を受けてゆらゆらと揺らめく。馬の力強い蹄の音が響き、彰吾が声を上げた。

「遊士様。急く気持ちは分かりますが、一度この辺で休憩をいれましょう」

「…そうだな」

チラリと遊士は彰吾に視線を投げ、手綱を引く。追走していた兵達も馬を止め、地面に足をつけた。

小枝を集め、火を起こして円陣を組む。立ち上る煙で敵に居場所を知られても、元から迎え撃つつもりでいる遊士達には関係がなかった。むしろ、背後からいきなり斬りつけられるよりもこちらの方が好都合だ。

馬と身体を休めながら遊士は息を吐く。

「長い夜になりそうだな」

腰を下ろし、思い思いに雑談を交わす兵達を眺め、遊士は瞳を細めた。

「遊士様」

そこへ、水の入った竹筒が横から差し出される。

「Thanks 彰吾」

ふっと口許に笑みをはいて遊士は竹筒を受け取り、隣に座った彰吾に顔を向けた。

「いえ…」

それに彰吾は律儀に応え、続ける。

「何か考え込んでいるように見えましたが、心配ごとでも?」

ふと投げられた言葉に、遊士は一瞬きょとんとして、そう見えたか?と苦笑しながら竹筒に口を付けた。


細く冷たい風が吹く。
パチリと跳ねた火の粉が風に舞い、熱を失って闇に溶ける。

「別にたいしたことじゃねぇよ。ただ…」

ゆらりと揺れる炎に照らされた遊士の瞳が、仄かに金色の輝きを放ち、見据えた先にある闇を切り裂く。

「この戦で、この場にいる奴等の未来が決まるんだと思ってな」

この時代にとばされたオレもお前も。何故こんなことになったのか、その意味が掴めるような気がする。

「それは…」

真面目な顔で何か言おうとした彰吾を遮り、遊士はふと纏う空気を緩めて、軽い口調で言った。

「そういや、こうして軍を引き連れてお前と一緒に戦に出るのは久し振りだな」

「え、あぁ…。そういえばそうですね。こちらへとばされる二月前ぐらいに出陣してからですから、かれこれ…」

意図して話を反らした遊士に気付きながらも、彰吾はあえて何も言わずに話に乗った。

そこから他愛もない話へと移行し、いつの間にかそこにいた兵達が加わる。その中で、これから戦が起こることに対して緊張の欠片さえ見せず、遊士は兵達の話にいつもの調子でニヤリと笑って見せた。

そのお陰か、兵達にも緊張は見られず、時おり笑い声が上がる。

「相変わらず遊士様は人心を掴むのが上手いな」

彰吾は苦笑して、即席の遊士の軍が纏まっていくのを側で見ていた。








そんな和やかな空気が一変したのは、それから半刻もしないうちだった。

「遊士様」

兵士達と雑談を交わしていた遊士の元へ、彰吾のやや強めな声が割って入る。

「…来たみたいだな」

同時に、遊士も話を切り上げ周囲に視線を走らせた。

パチリと火にくべた枝が弾け、そこかしこの草むらで鳴いていた虫の声がピタリと止み、遠くで鳥のバサバサと飛ぶ音が聞こえる。

「てめぇら、準備は良いな?…Are you ready guys?」

遊士はそれまで纏っていた穏やかな空気を引き締め、スッと細めた鋭い目で各々武器を手にした兵士達をみやった。

投げ掛けられた遊士の言葉に、兵士達は心得た様に声を揃えて返す。

「「Yeah――!!」」

「ha…、上出来だ。迎え撃つぜ。政宗の邪魔はさせねぇ。…彰吾」

「はっ。心得ております。どうぞ御存分に」

馬で自分達が駆け抜けて来た道を振り返り、遊士は左腰に挿した刀の柄に右手をかけた。

ドカドカと近付いて来る蹄の音に不敵な笑みを浮かべ、遊士は待ち構える。

薄暗い月明かりのもと揺れる松明。頼りない光に照らされて見えたのは、紫の仮面を顔につけた細身の男だった。




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