07
遊士達は一旦馬上から下り、少し横に道を反れた場所に腰を下ろす。
真ん中に地図を広げ、佐助とかすがの持ってきた情報を加えて、この先の行程を練り直す事となった。
「東の防衛線は首の皮一枚ってところか」
上杉、武田と重傷には変わりねぇがまだ突破はされてねぇ。
地図上に引かれた防衛線を目でなぞり、政宗は現在地を確認する。
「どうする?引き返すのか?」
突破されても今ならまだ間に合う、と遊士は視線で政宗に問い掛けた。
「いや…、猿飛、越後の。奴等は引き返したんだな?」
「あぁ、奴等は一体何を考えてるのかさっぱり。ただ、織田と繋がりは無いと見て良い」
佐助の言葉にかすがも頷く。
次に政宗の視線が小十郎へと移り、小十郎は問われる前に口を開いた。
「城には成実を始め、実力者を振り当てておりますれば。政宗様」
「OK.俺達はこのまま本能寺へ向かう。だが…」
「背後からの奇襲、ですね」
懸念すべき事柄を彰吾が上げ、遊士が地図を指して言う。
「軍を二つに別ければ良い。片方を若狭周りで、もう片方は予定通り近江を通って行けば良い。そうだろ?」
口にするのは簡単だが、誰がその任を背負うのか。
特に、近江周りで行けば近江、山城と摂津、豊臣の本拠地である大阪城に近付く事となる。
事の重大さは皆が理解している。故に暫し沈黙がその場を支配した。
「…政宗。オレに一軍預ける気はあるか?」
地図から目を離した政宗と遊士の視線が絡む。
オレを信頼して、命に等しい仲間を預けられるか?
交わった視線の先で政宗がふっと口端を吊り上げる。遊士の言葉に政宗は躊躇いもなく頷いてみせた。
「仲間を信じれねぇでどうする。…小十郎、軍を半分に分けろ」
「はっ」
話を聞いていた兵士達は小十郎の手を煩わせる事もなく自然と二手に分かれはじめる。
「政宗。オレが近江を通って行く。政宗達は若狹周りで行け」
地図を畳み、立ち上がった遊士に続いて彰吾が言い添えた。
「豊臣のことは俺達に任せて、お二方はどうぞ本能寺へ。魔王を討って下さい」
ザッと二手に分かれたうちの一軍に遊士が歩み寄る。彰吾は二人に一礼して、遊士の背を追った。
「遊士、彰吾。本能寺で待ってるぜ」
「お気をつけて」
その背に、政宗と小十郎は声を投げ、自分達も発つ為に立ち上がる。
「猿飛、越後の。そういうワケで伊達はこのまま魔王のおっさんのとこへ乗り込む」
忠告は一応受けたと武田のおっさんと軍神に言っとけ。
それから、と政宗は鋭い眼差しで猿飛を見やり、告げた。
「真田にも言っとけ。本能寺で待つってな。遅れんじゃねぇぞ」
ha、と馬に乗り、背を向けた伊達軍を見送り、佐助とかすがもその場から姿を消した。
予定通りの進軍を続ける遊士と彰吾。政宗から借り受けた兵士達と共に近江の地を馬で駆ける。
「酷いなこりゃ…」
「あれは多分、小谷城ですね」
かつて浅井 長政が治めていた国。近江。
その面影は辛うじて残ってはいるものの、城は落とされ、瓦礫と化していた。
ちらほらと農民の姿が見えるが…。
「彰吾。何かおかしくねぇか」
「えぇ、男衆の姿がどこにも」
畑を耕しているのはみな女性。草むしりも収穫も。
蹄の音に気付いて顔を上げた農民達は酷く疲れた顔で、怖いものを見るように遊士達を怯えた目で見てきた。
その反応に、遊士の眉間に皺が寄る。
「もしや戦に徴集されたのかも知れません」
「あぁ」
敗れた国の末路は語らずとも、嫌でも皆が理解していた。
「………」
遊士は僅かに瞼を伏せ、しかし次には毅然と前を見据える。強い光を瞳に宿して。
「乱世はきっと政宗が終わらせる。政宗達が」
政宗と同じ、蒼く染められた陣羽織がはためき、荒廃したその地を鮮やかに、風の様に駆け抜ける。
近江から山城へ。
徐々に迫り来る夜と敵の気配を背に感じながら遊士は一軍の先頭に立って進む。
その半歩後ろを、
「どうぞ遊士様の思うままに。貴女の背は必ず俺が守ります」
彰吾もまた、揺るぎない思いを胸に抱いて馬を走らせた。
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