06
同時刻―…
加賀、前田でも予期せぬことが起こっていた。
「貴方は慶次の…!」
「前田、貴様ら豊臣と結託していたのかっ!」
まつと対峙していたかすがは突然現れた豊臣 秀吉とその軍、騎馬と鉄砲隊で編成された豊臣軍を睨みつけて叫ぶように言い放つ。
手にしたクナイを降らせんと、かすがは構えた。
「…おまちなさい、かすが」
それを、奇襲による銃弾を受けながらも決して膝を折ることなく立つ謙信が制する。
しかし、その足元には怪我の重さを物語る赤い液体が散っていた。
「秀吉殿、これは一体どう言うことだ!某はそなたに助力を頼んだ覚えはない!書にもそう記したはずだ!」
謙信と刃を交えていた利家には掠り傷一つ無く、見ようによっては前田と豊臣が手を組み、上杉を罠に嵌めたかのようにも見えた。
秀吉は利家の言葉に耳を貸さず、次なる指示を飛ばす。
「越後の軍神を狙え」
ガチャ、ガチャ、と次なる鉄砲を用意した隊が謙信に銃口を固定する。
「っ、謙信様!」
それを目にしてかすがが悲鳴に近い声を上げ、謙信を守らんと、謙信と鉄砲隊の間に身を投げ出した。
「放て―…」
そして、無情な声音が告げる。
「どきなさい、かすが!」
「嫌です!」
…パン、パン、パン、パンと数度に渡り乾いた銃声が加賀の地に響き、
「ぐっ…っう……」
「え…?謙…信…さ、ま…?」
かすがの視界を愛しき者の血が染めた。
ドサリと、膝から崩れ落ちた謙信の腕と足、銃弾に貫かれた腹部から夥しい量の血が流れる。
「謙信公!」
側へ近付いて来ようとしたまつへ向けて、かすがは殺気と共にクナイを投じ睨み付ける。
「前田っ!貴様らよくもっ!」
それを謙信の弱々しい声が止めた。
「おやめ、なさい…かすが」
「――っ、謙信様!何故、何故、私など庇ったのですか!謙信様!」
守る筈が、腕を強く引かれ、気付いた時には目の前で謙信が崩れ落ちていた。
そこにいるのは本来なら私だった。私の役目だった、はずなのに。
「かすが…わたくしの、うつくしきつるぎ…」
「喋らないで下さい!今、止血を!」
謙信の口端から赤い血が伝って落ちる。
「わたくしのことより、いそぎ…かいの、とらと…どくがんりゅうに…」
このことを、と謙信は光を失わない強い眼差しで、逆に今にも崩れ落ちてしまいそうなかすがの頬へと右手で触れた。
「そんなっ!謙信様の手当てが先です!」
「いいえ…」
ゆるりと首を横に振った謙信は秀吉と対峙する形で上杉と豊臣の間に立った利家の方を見やる。
「秀吉殿!これは某と上杉の…」
「我に歯向かうと申すか、前田の」
一つ選択を間違えれば上杉と前田は共倒れ。豊臣の兵力がこれ程とは…。織田の影に隠れ、気付かなかったが、もしや…
「しんの…てきは…」
苦しい息のもと謙信は、視線の先にいる豊臣 秀吉を見据えすっと瞳を細めた。
この場を豊臣に明け渡すことになれば加賀の地より東が更に危うくなる事は必定。
三国同盟を組み、背後を任された以上、上杉がここで倒れるワケにはいかなかった。
豊臣の奇襲があった事など知らぬ伊達軍は、本能寺を目指してひたすら進む。
今は美濃から近江の地へと、辺りを警戒しながら政宗を先頭に遊士が続き、小十郎と彰吾が馬を並走させてその後に続いた。
「…小十郎殿。先程、森 蘭丸の言っていた徳川の件、やはり豊臣が関わっているのでは」
戦前、猿飛に豊臣を探らせてはみたものの、時間もなくこれといって目ぼしい情報は得られなかった。
まるで織田の影に隠れるようにして…。
チラリと彰吾が投げた視線に小十郎が一つ頷く。
「可能性としては高い」
「では…」
「独眼竜っ!…竜の旦那!」
彰吾が口を開きかけた次の瞬間、上から切羽詰まった様な声が降って来た。
「ah?猿飛…?」
その声に、政宗は馬の手綱を引き、皆に止まるよう指示を出す。
「武田に何かあったのか」
政宗の隣で馬を止めた遊士は地に足を着けた佐助に鋭い眼差しを向けた。
「設楽原で徳川との交戦中に豊臣の奇襲を受けた」
「豊臣?魔王の嫁じゃねぇのか?」
蘭丸がもらした情報と照らし合わせながら政宗が問う。それに佐助は真剣な表情で答えた。
「魔王の嫁も兵を引き連れて乱入して来た。けど、その兵達はどういうわけか豊臣の擬装で魔王の嫁はソイツらに討たれた」
更に本田 忠勝も再起不能。徳川は一旦撤退していった。
「それで豊臣と武田はどうした?」
確認するように政宗が重ねて問えば、佐助は眉を寄せて難しい顔をした。
「武田は大将が鉛玉に撃たれて重傷、旦那も今は使いものにならない。豊臣の指揮をとってた竹中 半兵衛は大将の首もとらずに引き返したけど…」
もしかしたらその足で伊達を背後から奇襲するつもりかもしれない。
警戒を滲ませる佐助に小十郎が口を挟む。
「その場に豊臣 秀吉はいなかったのか?」
「いや、見てないな」
目まぐるしく動く情勢に誰もが思考を巡らせる。
「…と、なると上杉も危ないかもしれない」
考え込んでいた遊士はパッと顔を上げて確認するように政宗を見た。
「あぁ。猿飛、お前はその足で上杉に…」
「その必要は無い!」
ガサガサと葉擦れの音を立てて、傷だらけのかすがが伊達軍の後方へと降り立つ。
「―っ、かすが!?お前その血は!」
べったりと黒い忍装束を汚す血にいち早く気付いた佐助が声を上げた。
「これはっ…私のではない。謙信様のっ―…」
ぎりりと拳を震わせ言葉を切ったかすがに、遊士が冷静に聞き返す。
「それで、軍神はどうした?」
「前田の…助けを借りて、何とか一命はとり止めた」
「…豊臣か?」
「そうだ」
キッと前を睨み付けてかすがは一言、頷いた。
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