05
その傍ら、設楽原では蘭丸の言葉とは裏腹に、誰もが思わぬ方向へと事態は向かっていた。
「うぉぉぉっ!」
赤い覇気を纏った幸村は対峙する忠勝の肩へと槍を突き立て吠える。
忠勝はギュイイーンと機械音を立て、幸村を振り払った。
その際、肩に刺さった槍がミシリと軋んだ音を立てバキリと槍の真ん中から真っ二つに折れた。
「――っう」
軽く吹き飛ばされた幸村はそれでも持ち前の反射神経、本能で瞬時に体勢を整え、突っ込んでくる忠勝の槍を残ったもう一本の槍で迎え撃つ。
ギュィィイと高速回転する槍と槍の間で火花が散る。
「なんのっ、これしきぃ!うぉぉぉぉっ!」
後ろへ後ろへと押されながらも幸村は腰を落とし、足を踏ん張り耐える。
ギギギギギ…
次第に忠勝の槍からは威力が消え、プシューと煙が上がって止まった。
「今が好機!行くぞ、ぬぅぉぉお――!!」
ボゥッ、と槍の先に炎を点した幸村は渾身の一撃を一本の槍に込めて忠勝へと突き出す。
炎の目映い赤が、忠勝の胸元へと吸い込まれるとドンッと大きな爆発が起きバチバチと何かが壊れる音がした。
「――忠勝!?」
ガキンッ、と信玄と刃を交えていた家康は、少し離れた所で起こった爆発に意識をとられる。
「ふんっ!」
その間にも信玄の軍配斧は家康へと迫り、家康はそれを寸でのところで何とかかわした。
その様子に、信玄もちらりと幸村の方へ視線を投げ、すぐ家康へと戻す。
「竹千代よ、それがお主の選んだ道じゃ。余所見をしておる暇なぞないぞ」
話し合いは決別し、戦うことを決めた家康。信玄は厳しい言葉を投げ、軍配斧を振るう。
「―っ、分かっております!」
わぁわぁと自分達の周りで繰り広げられる戦いに、家康は心を痛めながら槍を持つ手に力を込めた。
その遥か後方で蠢く影に気付かず…、一進一退の攻防が続く。
「はーっ、はーっ…」
ギギギギ―…
幸村の渾身の一撃で機能の低下した忠勝にも今まさに魔の手が伸びようとしていた。
睨み合う幸村と忠勝。
そこへ、馬の蹄の音が近付く。
「何奴!むっ…あれは!?」
崖を勢い良く駆け下り、姿を現したのは魔王の妻、濃姫だった。
そして、手にした二丁拳銃で周囲にいた兵を蹴散らしながら真っ直ぐ幸村達の方へ向かってくる。
「くっ…、徳川の援軍か」
幸村は濃姫と対峙すべく、槍を構えた。
「貴方は真田の…」
ふっと唇を笑みの形に歪めた濃姫は途中で馬から飛び降りると、隠し持っていた武器を取り出す。
地中潜行式のバズーカ弾、綿津見(わだつみ)の嘆き。
それを地面へと突き刺し、
「真田 幸村、本田 忠勝!上総介様の為、共にここで散華なさい!」
引き金となる突起を足で踏み、濃姫は声も高らかに言い放った。
「な―…っ!?」
地面がボコボコと盛り上がり、地中に撃ち込まれた弾丸が一直線に幸村と忠勝に襲い掛かる。
「旦那っ!?」
それに気付いた佐助が助けに入るより前、忠勝に腕を掴まれ、幸村は遠くへと放り投げられる。
「何を!忠勝殿っ―!?」
ギュィイイと煙を上げ、濃姫の攻撃を飛んで避けようとした忠勝は、先に負ったダメージが回復しておらず、それ以上動く事が出来ず濃姫の攻撃を直に食らった。
ドォオンと、轟音が響き渡り、黒煙が上がる。忠勝の立っていた場所は抉られ、立ち上る黒煙と炎の中で、力なく崩れ落ちる姿が見える。
「忠勝殿!」
間一髪、濃姫の攻撃から脱した幸村は佐助に受け止められながら叫ぶ。
大地を抉り、足元を揺るがすほどの出来事に、刃を交えていた徳川も武田もさすがに動きを止めた。
「ただかーつ!!これはっ、これは一体どういうことだ!ワシ等はちゃんと役目を…!」
忠勝の酷い有り様に、家康は声を上げ、濃姫を睨み付ける。
「そうね。貴方の役目は武田を討つこと。けれど、事情が変わったのよ」
ジャキンと新たな銃を二丁取り出した濃姫は銃の焦点を幸村と家康に合わせ、パン、パンッと続いて引き金を引く。
それを合図に、どこに控えていたのか、武田・徳川の二軍を包囲するように、織田の旗を掲げた鉄砲隊が姿を露にした。
「ボヤッとしてんなよ!旦那っ!」
幸村は佐助に腕を引かれ、銃撃から逃れる。
「ぐっ…、忠勝!ただかーつ!!」
逆に家康はその場で銃撃に耐えながら、濃姫の攻撃で再起不能になった忠勝に向かって声を上げた。
「これではもう…!」
「家康様だけでも退避を!!」
「家康様!!―っ、ぐぁ!?」
銃弾は徳川の兵、武田の兵、問わず貫いていく。
「ぬぅ…」
信玄は軍配斧を振り上げ、これ以上被害が広がる前にと、濃姫に向けて軍配斧を振り下ろした。
風がうねり、向かってくる銃弾を風圧で落とす。地面がボコボコと突き出し、濃姫に襲いかかった。
「…っ、…甲斐の虎!」
サッと、信玄の攻撃を横に跳んでかわした濃姫は次にガトリングと呼ばれる銃を出す。そして、
「上総介様の命よ!甲斐の虎ならび、徳川 家康を討ち取りなさい!」
二軍を包囲した鉄砲隊に向けて、命令を下した。
しかし、
パァン、パン、パン、パン―…と鉄砲隊から放たれた弾は、
「っ…、かはっ―…」
濃姫をも貫いた。
「ぐぅ…っ…」
ずしゃ、と信玄が膝を付く。
「御館様ぁ―…!!」
「止せっ、旦那!今動いたら旦那までっ!」
信玄の元へ飛び出そうとする幸村を佐助が止める。
「放せ、佐助っ!」
「っ、来るでない!幸村!」
肩と腹、足、と血を流しながらも信玄はぐぐっと気合いで立ち上がる。
「ふんっ!」
そして、手にした軍配斧を自分達を取り囲む鉄砲隊に向けて振り下ろした。
「ぐぁっ―…!」
「ぎゃぁ…!」
包囲網の一部が崩れる。
「くっ、まさか…貴方たち…」
思わぬ形で地に伏した濃姫は、胸を鮮血で染め、鉄砲隊を睨み付ける。
その後ろから新たな人物が進み出てきた。
「家康君、君の憂いは僕たち豊臣が排除した。これで、晴れて自由の身だ。約束通り豊臣に降ってくれるね?」
「…竹中 半兵衛」
最後の力を振り絞り、濃姫は銃口を半兵衛へと向け、引き金を引く。
―ガァン!!
だが、放った弾丸は届かず、伸びてきた剣にその身は貫かれた。
「―――っ!!」
カシャン、カシャンと規則的な音が響いて関節剣が元の姿に戻る。
「さて…、甲斐の虎は瀕死。牙を折るのは容易そうだが…」
チラリと半兵衛の視線は、佐助に腕を掴まれたままの幸村へと向けられた。
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