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そして、その話に出てきた張本人達はというと…
「お前等、仕合う約束してただろ?俺が立会人になるから今から仕合え」
ぽい、と投げられた槍に見立てた木製の棒を幸村は慌てて受け取る。
「ま、政宗殿!いきなり何を!」
「嫌なら降りても良いんだぜ真田 幸村」
「そのようなこと、この幸村断じて逃げたりはせぬ!」
乗ってきた幸村の声を背に政宗は遊士に木刀を一本手渡す。
「真田には悪いがこの仕合い、稽古に使わせてもうぜ。遊士、勝ち負けは気にするな。感覚を掴めれば上出来だ」
「Ya.」
しっかり頷いた遊士の肩をポンと叩き、政宗は二人の間に立った。
「政宗殿」
「ah?まだ何かあんのか?」
「仕合うのは心得申したが、真剣では御座らぬのか?」
両手に握られた木製の武器に視線を落として幸村は不思議そうに聞く。
それに政宗はスッと瞳を細めて幸村を睨み付けた。
「てめぇ、織田とやりあう前にうちの戦力を削ぐ気か?」
「は?……!…そっ、そんなつもり毛頭無いで御座る!某はいつも真剣で仕合っていた故つい…!」
「わっはっは、許してやってくれい独眼竜。見ての通り幸村に悪気はないのじゃ」
仕合いとなると熱くなってしまう傾向のある愛弟子を信玄は穏やかな目で見やり、口を挟む。
「まぁいい、始めるぜ。どちらかが降参、もしくはそれに近い状態になったら終わりだ」
また、危険だと判断したら俺の独断で止める。
それまで思う存分仕合え。
「開始の合図はいらねぇな。好きな時に始めろ」
そう言って政宗は二人の間から壁際まで下がった。
遊士はまず木刀を中段に構え、深呼吸を三度繰り返すと適度に距離を開けて立つ幸村を見据える。
「これは…!」
相対した幸村はその姿に目を見開いた。
以前刃を交えた時より鋭く、重さを増した覇気を纏う遊士に政宗の姿が重なる。
遊士は驚く幸村に構わず、不敵な笑みを口元に浮かべた。
「来ねぇならこっちから行くぜ真田 幸村!」
ダンッと床を蹴り、先に遊士が仕掛ける。
「―っ」
幸村は迫り来る木刀の切っ先にハッと我に返ると、木の槍を交差させて木刀を受け止めた。
ガツンッ、と乾いた音を立ててぶつかる木刀と槍。
腕の力だけでなく体重を乗せて繰り出した一撃に遊士は手応えを感じて、素早く二撃目に転じる。
「ha―!」
「うぉぉっ!」
幸村も負けじと槍を振るい、遊士の二撃目を相殺すると一度遊士の間合いから外れた。
そして次は幸村から攻撃を仕掛ける。
「おりゃぁあ!」
ブンッと左の槍を右斜め上から左下へ振り下ろし、右の槍は左斜め上から右下へ。
後ろへ下がって攻撃を回避した遊士に、幸村はそこから流れるように左の槍で突きを繰り出した。
眼前で繰り広げられる息も吐かせぬ攻防を政宗は胸の前で腕を組み、壁に背を預けて眺める。
「相も変わらず真田は直線的な攻撃が多いな。力がある分当たりゃ相当ダメージを受けるが」
隣では信玄が仁王立ちして、二人の仕合を見守っていた。
「それが幸村の良いところでもあり欠点の一つよ。して独眼竜、この仕合何か意図あってのことと見えるが?」
「ha、アンタにゃお見通しか」
幸村の槍が遊士の腕を掠める。
「お主が幸村と顔を合わせておきながら一度も刃を交えようとせぬのを不思議に思っておったのじゃ」
そこへ、お主では無く遊士と幸村を戦わせるときた。これは何かあると思うのが普通じゃろう。
「そうだな…。そんな大層な意図はねぇが、遊士は今稽古を付けてる最中でな。真田には悪ぃが、遊士の仕上がり具合を確認すんのに使わせてもらってる」
実際、遊士も誰かと仕合った方が稽古の成果を実感できるだろ。
ビュンと勢いのある鋭い突きが幸村を後ろへと下がらせる。
「ほぅ、お主直々に稽古をな」
感心したような呟きを漏らし、信玄は尚も続く攻防に目を向けた。
額に汗を浮かべ、お互い息を乱しながら各々の武器を手に睨み合う。
「はぁーっ、はぁー…」
流石、強い。あの時も思ったけど、戦で名をあげるだけある。槍が掠めた腕がジリジリと痛む。確認しなくてもきっと痣ができてるだろう。
「ふーっ、ふー…」
遊士殿の太刀、以前受けた時より鋭さに磨きがかかって威力も格段に上がっている。
抑えきれぬ高揚に口端が上がる。場内は熱気に包まれ、こめかみに浮いた汗が頬を伝って……落ちた。
「ha―a――!」
ダンッ、と床板を強く踏む。
「うぉぉぉっ!」
熱気を切り裂き振るわれた槍と木刀が激しくぶつかり合う。
―ガァン!!
「くっ――」
噛み締めた遊士の口から耐える様な声が漏れる。
「何のっ、おぉぉぉ!」
「Shit!このっ―!」
後ろへ半歩押され遊士の足が下がる。そして何とか槍を受け流し、反撃の為、下がった分間合いを詰めた遊士に今度は右から攻撃が来る。
いつもよりはっきり分かる!これはっ!
研ぎ澄まされた感覚が告げる。
胴狙いの幸村の槍に木刀を合わせ、遊士はこれを迎え撃った。
―ダァン!
痺れるような乾いた音の後にミシリと嫌な音が混じる。
やばいと感じる間もなく遊士の手にあったそれはバキリと二つに折れた。その瞬間、
「ぐ…っ――…」
がら空きになった遊士の中腹部を槍が襲った。
はっ、と一瞬詰まった息を細く吐き出し、遊士は痛みに耐えながら力が加わった方向へと逆らわず体を跳ばす。
だが、受け流しきれなかった力が遊士を鍛練場の壁へと叩き付けた。
「がっ―…っ、は……」
カツン、と真ん中より少し下の位置で折れた木刀が重力にしたがって床板へと落ちた。
その音に幸村はキリリとした顔を青くし、慌てて遊士に駆け寄る。
「遊士殿っ!申し訳御座らん!大丈夫で御座るか!」
「ah―…、これぐらい、問題…ねぇ。政宗の稽古で慣れてる」
チラリと政宗を見れば上出来だと満足げに頷いていた。
「自ら稽古を付けるほど気に入っておるようじゃが側に行かなくてよいのか独眼竜?」
心配ではないのかと遠回しに尋ねられ、政宗はふっと笑みを浮かべた。
「遊士はそんな柔じゃねぇ。アイツを甘く見てるとおっさん、アンタでも痛い目見るぜ」
心配げに眉を寄せた幸村が差し出してきた手を取り、遊士は立ち上がる。
「Thanks.」
「……?」
「ありがと、って言ったんだ。それと、…同盟が続く限りよろしくな」
重ねた手を離し、軽く握った拳で幸村の胸をトンと叩いた。
敵に回せば難敵も、味方に付ければ心強い。皆に平等に来るべき明日を護る為、嘗ての敵と肩を並べ今、戦場へと進軍を開始する―。
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