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信玄と政宗が居なくなり、用事も済ませたかすがは小十郎に帰る旨を告げて足音も立てず広間を後にする。

来た時と同じく木の枝に跳び移り、城門を越えて越後方面を見つめた。

「おい貴様、いつまでついて来るつもりだ」

そして、かすがは金の髪を風に靡かせ、ジロリと不快そうに後ろを振り向く。

「酷い言われようだな」

そこには、本気か冗談か読めない顔で肩を竦めた佐助がいた。

「フン」

「あらら、ご機嫌斜め?」

「…用があるならさっさとしろ。私は忙しいんだ」

チラチラと越後方面を気にするかすがに佐助は浮かべていた笑みをサッと消し、真面目な顔付きをする。

「言うまでもないと思ってたけど一応な」

「だから何だ?」

「お前、あまり軍神の側から離れるなよ。織田はいつ何を仕掛けてくるか分からない」

大将には旦那と俺様。独眼竜には右目と遊士の旦那、彰吾の旦那がついてる。

けど、軍神にはお前しかいないんだ。

「っ、そんなことお前に言われなくても分かっている!」

真剣に告げられた言葉にかすがは声をつまらせ、佐助から顔を反らす。

「なら良いけど。お前どっか甘いし、気を付けろよ」

視界の隅にあった佐助の真剣な顔がへらりと緩んだ。

「貴様こそ、…せいぜい気を付けるんだな!」

かすがは佐助と視線を合わせず、体を反転させると佐助に背を向け、木の枝を強く蹴った。

ガサリと揺れた枝が、先についた葉を一枚落とす。

「それが甘いんだっての」

自分の主の心配だけしてれば良いものを。俺様の心配までしてくれんのは嬉しいけどね。

ふぅ、と息を吐いた佐助もその後すぐ、その場から姿を消した。







シンと外の音を遮断した一室。その中で静かに話を聞いていた小十郎は眉を寄せ、口を開いた。

「それは俺も気にはなっていた」

広間から場所を小十郎の私室に移した二人は再度広げた地図を目に意見を交換する。

「何の根拠もなく進言するのは憚られたので言いませんでしたが…、俺の考えすぎでしょうか?」

「いや、そうとも限らん。俺達は少し織田に気をとられ過ぎていたのかもしれねぇ」

「では、」

スッと彰吾の瞳が鋭さを帯び、小十郎を見る。

「偶然か、必然か。豊臣が時期を見ていたのは確かだ。ともすれば浅井が織田に討たれ、徳川が隙を見せるのを待っていたとも考えられる」

だが、動けずにいる今の徳川に接触してどうする気だ?

地図を間に挟み、小十郎と向かい合う彰吾は僅かに瞼を臥せた後、これも俺の推測に過ぎませんがと前置きをしてから口に上らせた。

「徳川を味方に引き込む為の布石ではないでしょうか?特に本多を自軍の戦力にしたいと考えた豊臣は断られるのを承知で使者を送り、また、詳細は分かりませんがそこで何らかのやり取りが交わされたのではないかと、俺は推察しています」

「可能性としては高いが、やはり内容が分からないと何とも言えねぇ」

ただ、警戒する必要が出てきた事は確かだ。

「黒脛巾に探らせますか?」

「いや、黒脛巾より…」

問い掛けてきた彰吾の言葉に否と返し、小十郎は庭に面した障子に目を向けた。

「猿飛、お前の方が適任だ。途中から聞いていただろう」

「あは、バレバレ?」

「隠す気もなかった奴が何を」

すすすっ、と障子を開けて入ってきた佐助は一瞬嫌な顔をした彰吾に苦笑し、畳に腰を下ろす。

「豊臣に関しては俺様も引っ掛かってたから目下部下に探らせ中。…それより彰吾の旦那は軍師だったんだ?」

「コイツは軍師じゃねぇ。俺の補佐だ」

忍の性か、探るような視線を向けてきた佐助に小十郎が彰吾を制してそう言った。

ふぅん、と納得したのかしてないのかよく分からない返事をした佐助を気にせず彰吾は小十郎に別の話を振る。

「話は変わりますが小十郎殿。最近政宗様に変わった事とかありませんか?」

「…?いきなり何の話だ。特にな…いや、待てよ。一つあったな。ここのところ朝、俺が声をかける前に珍しく身支度を全て終えられていた」

「朝…。政宗様も御一緒か。やっぱり遊士様は何か隠して…」

まったく話の読めない小十郎と、さらに意味が分からない佐助。小十郎は訝しげに聞き返した。

「政宗様と遊士様がどうした?」

「実は…」

と、彰吾は五日前の出来事とその日から続く遊士の不可解な行動を小十郎に話した。

「あ〜、あれね。遊士の旦那凄い格好してたもんね。猫とじゃれてただけじゃあんなにはならないよ」

その時同じ場にいた佐助はあの時の事かと頷く。

「気付いてたのか猿飛」

「まぁね。旦那は騙されてたみたいだけど。裾からチラッと見えた腕に痣とかあったからアレは多分、誰かと仕合った後じゃないかな」

とすると、話の流れ的に遊士の相手は…

「政宗様か」

小十郎は以前、政宗が遊士の剣術について言っていた事を思い出す。

問題はいくつかあるがそれさえ克服すりゃぁアイツはまだまだ強くなる。

「やり過ぎなければ良いが…」

政宗は嬉々として遊士を鍛えるだろう。それに小十郎は不安を覚え、

「無茶な真似して、怪我を増やさなければ良いが。どうしていつも遊士様は危険な事ばかり…」

彰吾はぶつぶつと心配という名の文句を溢す。

「何だか俺様も他人事じゃない気がしてきた」

そう言って佐助は幸村を思い浮かべたのだった。



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