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だからといって毎回同じ言い訳が通じるわけも無く、遊士は次の日から稽古が終わると彰吾に見つかる前に湯殿に直行するようになった。

しかし、それも五日繰り返していると…

「何だか悪いことしてる気になってくるな」

「何がです?」

着流しに着替えて湯殿から出た遊士は独り言を聞かれているとは思わずビクリと肩を跳ねさせ、勢いよく振り返る。

「っ、何だ小十郎さんか…」

「驚かせてしまいましたか」

「いや、まぁ考えごとしてて…彰吾かと思った」

「彰吾なら畑に居りましたよ」

ほっと息を吐く遊士の一歩後ろを歩き、小十郎は言葉を紡ぐ。

「そっか。…何か平和だな」

「嵐の前の、というやつでしょう。昨日同盟の詰めも終わり、正式に書も交わしましたし」

「そうだな。もうそろそろ…」

そのまま話ながら廊下を歩いていればドタドタと荒い足音が曲がり角から飛び出して来きた。

「あっ、居た!遊士、小十郎!梵が軍議を開くって」

成実の伝言に遊士と小十郎は互いに顔を見合わせ、頷く。

「彰吾は私が呼んで参りましょう」

「あぁ、頼む。それで成実、真田達はどうするって?」

彰吾を呼びに離れた小十郎を見送り、遊士は成実に聞いた。

「そっちは甲斐の虎が声をかけてる」

「にしても急だな。何かあったのか?」

軍議の開かれる広間へと進行方向を修正し、真面目な顔付きをした成実の隣を行く。

「詳しくは俺も知らないけど、甲斐の忍が何か情報を持ってきたらしいよ」

「猿飛か…、そういや最近見てねぇな」

二日前、真田の部屋を訪ねた時にはいなかった気がする。

特に気にしてなかったな。

角を幾つか曲がり、右手に閉めきられた広間が見えてくる。

左手には庭があり、桜の木と手入れの行き届いた植え込み。

成実が広間の中へと声をかけて障子を開く。

後に続こうとした遊士は、かさりと背後で落ちた葉の音に敷居を跨ぐ足を止めた。

スッと眼光を鋭くさせ、慣れた手付きで懐に右手を差し込む。

「遊士?」

広間にいた政宗を始めとする伊達軍他、信玄、幸村、佐助の視線が急に張り詰めた空気を纏った遊士に向く。

けれど遊士は誰とも視線を合わせることなく背後に意識を集中させると、懐から短刀を抜き、背後にある桜の木に向けて振り向き様に投げ付けた。

「そこにいるのは誰だ!」

キィンと金属のぶつかる音がして、遊士の投げた短刀が地に落ちる。

そして、桜の木の上からふわりと長い金の髪を持つくの一が降り立った。

「私は…」

「かすが、―っ!?」

いつの間に動いたのか遊士の直ぐ側まで佐助が移動し、警戒態勢をとっていた遊士の体が佐助に反応して動く。

「遊士の旦那…これは何の真似?」

気付けば遊士は佐助の喉元に手刀を突きつけていた。

「…気にするな。で、ソイツは猿の知り合いか?」

遊士は手刀を下ろし、姿を見せた忍に警戒を解かぬまま、逆に佐助に聞き返した。

「あー、ソイツはかすが。上杉の忍だよ。だから大丈夫」

佐助の紹介にかすがは不満そうな目を佐助に向けたのち、遊士を見て口を開く。

「何か誤解をさせてしまったようだな。すまない。私は独眼竜と甲斐の虎宛に謙信様から文を預かって来たのだ」

「ah-、そりゃ悪いことしたな。てっきり敵かと思ってな」

短刀を拾い、鞘に納めて懐に戻す。左の廊下から彰吾と小十郎がやって来るのが見えた。







「それじゃぁ改めて報告します」

かすがを迎え入れ、文を受け取った政宗と信玄。

彰吾と小十郎も加わり、佐助が報告を始める。

「まず始めに織田ですが、同盟関係に合った浅井を討ち次の戦の準備をしている模様。これには同じく織田と同盟を結ぶ徳川にも動揺が見られました。また、未確認ですが豊臣が徳川に使者を送ったとか」

それから長曾我部と毛利は瀬戸内を挟み、変わらず互いを牽制し合ったまま。

「最南端では異教徒のザビーを島津が打ち破って南の地を平定したと」

皆に見やすく地図を広げた遊士は佐助の言葉を聞きながら、地図上に配置した碁石を弾く。

「しかし、浅井には魔王の妹が居たはず」

弾かれた白い碁石の場所に視線を落とし、小十郎は眉を寄せた。

「魔王には身内であろうと関係ないって事だよ。ま、詳しく言うと浅井を倒したのは明智だけどね」

「なんと酷い!魔王には情というものが御座らぬのか!」

「あれば魔王なんて言われねぇだろ。それより前田も変わらずか?」

佐助の話に憤りを見せる幸村。遊士は地図上から目を話さず冷静に問うた。

「あぁ、前田は…」

チラリとかすがの持ってきた文に目をやれば、文に目を通した信玄が佐助の言葉を次いで続きを口にする。

「ふむ。前田に動きは見られぬが、どうやら風来坊が動いておるようじゃの」

「風来坊?」

聞き慣れぬ名に遊士が聞き返せば隣にいた彰吾が説明してくれた。

「前田 慶次の事です。前田 利家の甥で傾奇者(かぶきもの)と言われる」

「どうやらソイツが瀬戸内に向かったらしい。おおよそ検討はつくが…」

政宗は目を通し終わった文を小十郎に渡す。

「その前田の風来坊という者、東と西で織田を包囲させるつもりなのでしょう」

西に置かれた毛利と長曾我部を表す碁石。遊士はその間に新たに碁石を割り込ませた。




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