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その翌日、明朝から遊士の稽古は始まった。

陽の昇りきらない薄闇、視界も悪く動き難い竹林の中で遊士は袴姿で二刀を構える。

政宗も同じく袴姿で、その手にはひと振りの刀。

「いいか、今から俺が攻撃を仕掛ける。お前はそれを止めるか受け流すか、かわせ」

今日はまずお前の防御面を鍛える。

「はい」

気を引き締め、すっと瞳を細めて政宗を見据えた遊士に政宗も研ぎ澄まされた気を纏う。

「行くぜ。最後まで気を緩めるんじゃねぇぞ」

「お願いします」

稽古を付けてもらう間政宗は遊士の師匠だ。遊士が礼をとり、一呼吸置いた後、政宗が動いた。

ザァッと、竹が風に揺れ二人の姿を隠す。

「くっ――!!」

振り下ろされた刃に合わせて翳した刀に重い一撃が降る。

政宗は本気だ…。

ぎしりと刀を握る腕に負荷がかかり、遊士は直ぐ様受け流す形に切り替えた。

「良い判断だ。だが、次はどうする?」

受け流した刃が今度は死角から迫る。

「っ!」

上体を反らしギリギリで刃を回避した遊士だったが、同時に腹部に打撃を食らって足が下がる。

「足元が隙だらけだ。無理だと思ったらギリギリで避けるんじゃなく思い切って退け」

「それから、お前は疲れてくるとどうしても右の反応速度が左に対して遅くなる」

指摘しながらも政宗の攻撃が止むことは無く、また遊士の手も止まることはなかった。







「一体どこへ行ったのか…」

布団も片付けられ、主は不在。遊士になついている白桜の姿もない。

いつも通りの時刻に遊士を起こしに来た彰吾は首を傾げ、廊下を歩く。

「む、彰吾殿。御早う御座いまする!」

「おはよう」

歩いていれば鍛練でもしていたのか幸村が二槍を手に前からやって来た。

「お前もな猿飛」

「あれ?気付いてたの?」

ひょっこりと庭から現れた佐助を彰吾は一瞥し足を進める。

「ところで遊士殿は居られぬか?」

「遊士様に何の用だ?」

「某、遊士殿と手合わせの約束をしたのだが日時を決めてなかったで御座るよ」

罰の悪そうな顔で笑う幸村に戦場での雄々しさは見られない。

「それなら…」

言葉を続けようとした彰吾は探し人が渡り廊下をこちらに向かって渡って来ているのを見付け…いきなり駆け出した。

「彰吾殿っ!?如何なされた!」

「彰吾の旦那?」

つられて彰吾を追ったその先で二人も遊士に気が付いた。が、二人も遊士の姿を目に入れると彰吾同様顔色を変えた。

「遊士様!その姿、どうなさったのです!もしや誰かに何かされて!何処のどいつです!?俺が―」

血相変えて走ってきた彰吾に両肩をがしりと掴まれた遊士は意味が分からずキョトンと彰吾を見返す。

「ah?どうした彰吾?何かあったのか?」

政宗との稽古で白かった上着は所々土で汚れ、髪はいつもより乱れて葉っぱが絡まっている。稽古をつけてもらっていたとは知らぬ人が見れば何事かと驚く様な出で立ちを遊士はしていた。

彰吾の常ならぬ様子に遊士は自分の姿を見下ろす。

「あ…」

己の酷い有り様にようやく気付いたとでもいうように遊士は声を漏らした。

「それで、一体何処の誰です?」

ぎらりと目を光らせた彰吾に遊士は頭をフル回転させる。

まさか政宗と正直に言うわけにもいかねぇし、そしたら彰吾の事だ絶対理由を聞いてくる。

「これはだな、ちょっと白桜とじゃれてて…」

「白桜?誰で御座るか?」

彰吾と遊士の間に落ちた問いに、遊士はNice真田!と心の中で称賛し話が反れる事を期待した。

「う〜ん、たしか遊士の旦那の猫だよね?」

遊士の着替えを覗いて、もとい遊士を探ろうとした時に佐助は白桜と呼ばれた子猫を遊士の元でチラッと見ていた。

「Yes.白桜は子猫だ。そのせいか目に見えるもの全てに興味をひかれるのか大変で。気付いたらオレもこの様だ」

「…本当に?」

ジッと目を見て真偽を確かめてくる彰吾に遊士は苦笑を浮かべる。

「みゃぁ〜」

そこへタイミングを計ったかのように白桜が庭の茂みからひょっこりと顔を出した。

子猫は遊士と同じく頭に葉っぱを乗せ、体を包む白い毛を灰色に変えていた。白桜はみゃぁ!ともうひと鳴きすると、とてとてと近付いて来る。

「…どうやら本当の様ですな」

「分かってくれたか。それじゃオレは白桜と湯殿に行くぜ。Come on 白桜!」

「みゃ!」

とっ、と廊下に上がり遊士の足元に擦り寄ってきた白桜を遊士は両手で抱き上げ子猫の頭に乗った葉っぱを取ってやる。

「では後から着替えをお持ちしますので、汚れた着物は出して置いて下さい」

遊士の髪に絡まった葉っぱを彰吾が取り、一人と一匹を湯殿へと促した。


「悪いな、真田。遊士様に用があったのに行かせちまって」

遊士が湯殿に向かい、残された彰吾は共にいた幸村を振り返る。

「とんでもない。遊士殿にはまた後で聞きに行けば良い事である故、気にしないで下され」

「そうそう。旦那が先走ってるだけだから」

幸村だけでなく、軽い口調で同意してきた佐助に彰吾は何ともいえない複雑な顔をした。

「こうも違うと扱いに困るな」

小さく落とされたため息と呟きに佐助が反応する。

「違うって何が?」

そういや彰吾の旦那は俺様を誰かと勘違いしてたよね、と佐助は興味深そうに彰吾を見返した。

「何でもない。猿飛に良く似た奴を一人知ってるだけだ。じゃぁ、俺も用があるからこの辺で」

「ならば某達も一度部屋へと戻ろう。行くぞ佐助」

「はいはい」

去っていく二人の声を聞きながら彰吾は先程とは違うため息を一つ落とした。

「遊士様は一体何をやっているんだか」

白桜とじゃれていたと遊士様は言っていたが最後まで遊士様の口からそれが本当だったと肯定する言葉は出て来なかった。あえて誤魔化されてみたものの…

俺には知られたくない事があるのは確実。

まったく、嘘を付くのが嫌いな人らしい。あそこですんなり頷けば俺を騙せたのに。

「白桜まで味方に付けて、しょうがない」

それなら俺は何も言わず知らない振りで暫く様子を見守るとしよう。



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