10
陽が西の空へと沈み、夜がやって来る。
本来なら宴の一つでも開き、甲斐の客人をもてなす所だが、出来ればまだ敵に同盟を気取られたくない。故に宴は見送られ、料理でもてなす事になった。
昼間より楽な格好、いつもの着流しに着替えた遊士は彰吾と小十郎の間に並べられた膳の前に腰を下ろし、箸を手にとる。
上座では政宗と信玄が何か話しながら酒を飲んでいた。
そして、畳二畳分ぐらい離れた遊士達の正面に幸村と佐助がそれぞれ座って夕餉をとる。
「へぇ、真田って意外と綺麗に食べるな」
遊士はふと見ていて思った事を呟いた。
「某でござるか?」
それが聞こえたのか幸村が顔を上げて見返す。
「だろ?これは俺様の努力の賜物だよ」
何故かそれを横から誇らしげに告げる佐助。
「ふぅん。それはどうでもいいけど忍の仕事じゃねぇよな」
同じく、忍としては少し可笑しい、堂々と一緒に夕餉を食べるという行動をしている佐助に遊士は淡々と切り返した。
誤解するといけないので先に言って置くが、遊士は別に忍でも一緒にご飯を食べることぐらい良いと思っている。
実際、そういうことをする忍は遊士の知る限り猿飛という名の奴だけだが。
佐助は手を止め、わざとらしく小さなため息を落とす。
「何かさ、遊士の旦那もそうだけど彰吾の旦那も俺様に冷たくない?」
「そうか?」
旦那と呼ばれた事は普通に流して遊士は隣で黙々と箸を進める彰吾に首を傾げた。
「気のせいでしょう、と言いたい所ですが…猿飛。お前は自分が何をしたか忘れたわけじゃあるまい」
口の中の物を飲み込んでから彰吾は佐助に鋭い眼差しを向ける。
「む。佐助が何か?」
それに佐助の上司である幸村が素早く反応した。
やばい、と言う顔をした佐助を視界に入れながら彰吾は言葉を続ける。
「そこの猿飛はな、あろうことか遊士様の着替えを覗いたんだよ」
幸村の方が年下であるせいか彰吾は平素の言葉使いで告げ、幸村はそれを聞いて瞬間的に顔を赤く染めた。
「なっ――、破廉恥であるぞ佐助!」
「や、破廉恥って旦那…。遊士の旦那は男だよ?破廉恥にはならないってば」
すぐ横で叫ばれた佐助は耳を押さえて言い返す。
「ほぉ、その話俺にも詳しく聞かせてくれ」
今まで話に参加していなかった小十郎までも参戦してきて佐助の旗色は悪くなる。
その中で話の中心にいるはずの遊士は別の事を考えていた。
「真田の奴、意外と勘も良いのな…」
その様子に、信玄はさっそく打ち解けたかと鷹揚に頷き、政宗は苦笑ともとれる薄い笑みをその口元に浮かべた。
無事夕餉をとり終えると、遊士は幸村と雑談を交わす。
「そういやこの間良くオレが政宗じゃねぇって気付いたな。何でだ?」
「それは…遊士殿の目で御座る。遊士殿の目は透き通った水の様に綺麗で御座った。政宗殿も同じ様な目をしておられるがどこか違う」
実は某にも良く分からぬので御座るが、そう感じたのだ。
そう苦笑を浮かべて話を畳んだ幸村に遊士はなるほどな、と頷いた。
きっと生きてきた環境、時代の違いが遊士の瞳に現れ、その些細な事を幸村は敏感に感じ取ったのだろう。
「真田。滞在してる間、一度手合わせしねぇか?」
「遊士殿がよければ某ももう一度手合わせしたいと思っておりました。是非!」
強さを増した眼差しに、遊士は口元に笑みをはく。
「OK.楽しみが出来たな」
「む?遊士殿も異国語を操るので御座るな」
「まぁな」
和やかに会話を交わす遊士達の隣では真逆の空気が流れていた。
「話はまだ終わってないぞ猿飛。さっきは時間が無かったから見逃してやったが、今は時間がたっぷりある」
「いやいやいや、俺様これでも忙しい身だから」
というか、だから何で彰吾の旦那はそんなに俺様に冷たいの?初対面だよね?
え、何そのまるで前科があるじゃねぇか的な突き刺さるような視線。
彰吾と佐助は飽きず言い合いを続けていた。
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