09
始めから分かりきった答えだったのか、政宗は僅かに眉を寄せただけで、対して問題とは思っていないようだ。
「ha、徳川が織田に汲みするってんなら倒すだけだ。アンタもそう思うだろ真田 幸村」
投げ掛けられた言葉に、今まで大人しく控えていた幸村はその瞳に炎を灯らせ強く頷いた。
「無論!相手が戦国最強と名高い本多 忠勝殿であろうと某はお館様御上洛の為、見事打ち破って見せましょうぞ!」
しかし、幸村の熱い宣言は直ぐ様信玄本人に寄って打ち消される。
「その心意気や良し!だが、己を慢心するとは何事じゃ!幸村ァ!」
座っていた状態からグルリと腰を捻り、信玄の右拳が唸る。
「っ!?お館様アァー!」
直後、ゴッと鈍い音がして、信玄の側に控えていた幸村が後方へと吹き飛んだ。
「………は?」
「信玄公…?」
初めて見る光景に遊士と彰吾は目を丸くして驚く。
何してんだよコイツ等?
佐助は幸村を助けるでもなく、サッと軌道上から逃げるとあちゃーと額に手をあてた。
「大将、自分の屋敷じゃないんですよ?」
「む…」
そんな中でも平然と動じないでいる政宗と小十郎に遊士は口元を引き吊らた。
「まさかとは思うけど、…これ、普通とか言わないよな?」
「そのまさかだ。…Hey、おっさん!同盟の件はまた後日にしよう。今、部屋を用意させるから今日はゆっくり休んでくれ」
視線で促された小十郎は一言断りを入れて席を立つ。
殴り合いを始めてしまった信玄に、政宗は呆れて話を畳にかかったが、一応声は聞こえていたのか、信玄に待ったをかけられた。
拳を受けた幸村は左頬を押さえ、元居た位置に座り直す。
信玄もまた前に向き直り、政宗に問いを投げた。
「その前に一つ。そこの二人の紹介はしてくれんのか?幸村から聞いた話では、幸村と互角にやりおうた人間がいると聞いておる」
チラリと信玄と幸村、佐助の視線が二人に向く。
それにどうすべきかと政宗に視線を投げた遊士は、政宗が頷くのを見て口を開いた。
信玄の方に体を向け、心持ち体を前に倒して挨拶をする。
「お初に御目にかかります、信玄公。オレは伊達の遠縁の出、遊士と申します。それで隣のコイツは…」
「彰吾です。遊士様に仕えさせて頂いております」
彰吾も軽く会釈し、当たり障りのない挨拶をした。
「ほぉ、伊達の。どことなく独眼竜に似ておるの。して、幸村とやりおうたのは…」
「オレです」
正直に答えればそうかそうか、と何やら納得した様子の信玄。
もっと何か言われるかと思った遊士は若干拍子抜けした。
「失礼します。政宗様。部屋の方、用意整いました」
スッと静かに障子が開き、部屋の準備をしに行った小十郎が戻ってくる。
「OK.案内してやってくれ」
「はっ。では案内致しますのでこちらに」
促されては甲斐の一行は席を立った。
そして、部屋には政宗と遊士、彰吾だけになる。
「この間政宗が言ってた客って甲斐の虎だったのか」
「あぁ、聞いての通り上杉・武田と同盟を組むことにした。数日は滞在する事になるだろ」
「対織田ですか。忙しくなりそうですね」
彰吾はこれから先の事を考え、重々しく言う。
「お前等も今の内に体を休ませておけ。織田との戦にはお前等二人の力も必要だからな」
政宗の考える戦力の中に当然の様に自分達がいる。
遊士は何とも言えない高揚した気持ちになり、力強く頷き返した。
「Yes sir.」
「はい」
対織田と聞いても怯まない二人の眼差しの強さに、政宗は満足げにゆるりと口端を吊り上げた。
「期待してるぜ」
そう告げて席を立つ政宗の背に遊士は政宗、と少し調子を変えた声音で声をかける。
「少し話したい事があるんだけど今夜政宗の部屋に行ってもいいか?」
その声に振り返った政宗は暫し考える素振りを見せてから是と応えた。
「いいぜ」
「じゃぁ、夕餉が終わった後に」
政宗も出て行き、彰吾はジッと前を見据える遊士の名を控えめに呼ぶ。
「遊士様」
「ん?あぁ…、もう知ってるかも知れねぇけど政宗にこの目の事ちゃんと話しておこうと思ってな」
遊士はそう言って、前髪のかかる右目に左手で触れた。
「まっ、そんなたいした事じゃねぇけどな」
カラリと笑って、遊士はしんみりとしそうな雰囲気を吹き飛ばす。
しかし、彰吾はその言葉に頷く事も笑みを見せる事もなかった。
「何暗い顔してんだよ。お前が気にしてどうする。悪い癖だぜ」
「…でしたら遊士様の悪い癖は気にしすぎない事です」
返ってきた返事に遊士は意外にも真面目な顔をする。
「今さら過ぎちまった事を言ってもどうにもならねぇだろ。それにオレは後悔だけはしない様にしてきた。お前だって知ってるだろ?」
「それは…」
五歳で母を亡くした遊士は、決意と共に腰まであった長髪を自らの小太刀でバッサリと切り落としてみせた。
それからは戦う術や馬術、政治、と姫には不必要とされる勉学にも身を入れた。
「それにオレはあの時の事、少しばかり感謝してるんだぜ」
「何を悠長に!命を狙われたのですよっ」
あの時、…遊士がまだ刀を習い始めたばかりの頃。
「だからオレはここまでこれた。人を見る目を養って、死角である右目のハンデを限り無くゼロにしようと鍛練を重ねた」
遊士は右目から手を下ろすと右肩に触れる。着物のその下には、横一文字に走る古い傷痕がある。
「だからと言って俺は許せません。まだ幼い貴女様を裏切り、あまつさえ死角から命を狙うなど。家臣として、武士としてあるまじき行為!あの時、俺が大人であったならっ…」
「彰吾。オレはお前がそうやって怒ってくれるだけで十分だ」
あの時も…。
「遊士っ!てめぇ、遊士に何をした!」
一番に駆け付けてくれたのは彰吾で。
「あの時のお前Heroみたいだったぜ」
思い出して笑みを溢す遊士に彰吾は渋い顔をする。
「茶化さないで下さい」
「いや、本当に」
悪いことばかりではなかったと遊士は笑った。
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