07
小十郎の言う通り政宗は自室にいて、障子越しに声をかければすぐに入れと声が返って来た。
「どうした二人揃って」
その問いに、遊士は政宗の正面に腰を下ろすと、腕の中に抱いていた子猫も一緒に下ろして言う。
「コイツ、城ん中で飼ってもいいか?」
「先程、木の上から降りられなくなっている子猫を女中達が見つけまして…」
補足するよう彰吾が言えば、政宗は合点がいったようで一つ頷いた。
「構わねぇぜ。城の中で暴れなきゃな」
子猫はまるで言葉を理解してるかのように、小さくみぃと鳴き、政宗の膝に擦り寄る。
「Thank you.良かったなチビ」
色好い返事に遊士はふっと表情を緩ませ、子猫の頭を撫でた。
「…あぁ、そうだ。遊士、彰吾。近い内、客が来るかもしれねぇ。一応覚えておけ」
「ん?…おぅ」
「分かりました」
とりあえず目的を果たした遊士達はそこで少し政宗と他愛もない話をしてから、今度こそ自室へと戻って行った。
そしてその日一日、遊士の機嫌は良く、子猫はぴったりと遊士の側から離れなかった。
「どうしたチビ?」
終には、子猫は遊士の膝の上で丸まって寝てしまう。
「…そうだ。いつまでもチビじゃ可愛そうだから名前付けてやらねぇとな」
そんな子猫を見つめ遊士は考え込む。
そうだな。白いし、桜の木の上にいたから…白桜(はくおう)って名にするか。
「よし、お前の名前は今日から白桜だ。よろしくな」
ふわふわの真っ白な毛に遊士はソッと指先を滑らせた。
子猫、白桜が遊士の愛猫となり、城の者達にも馴染んでから数週間。その頃になれば政宗の怪我も遊士の怪我も癒えて、遊士は朝の鍛練を再開していた。
「ふぅ…」
鍛練場から自室へ引き上げて来た遊士は、汗をかいて汚れた袴から着流しに着替えようと紐を緩める。
そして上衣の裾を袴から抜き、先に汗を拭おうと用意してあった布を手に取った。
「ah…?」
しかし、みぃと小さく鳴いた白桜が布の端を踏んで動かない。
遊士は白桜に視線を落とし、どうしたのかと膝を折った。
ここ数日で分かったことだが白桜は中々賢い猫であった。
「ん…?」
みぃみぃと何かを訴えるように鳴く白桜に遊士は首を傾げ、…気付いた。
「ah-…、そういうことか。Thanks白桜、良い子だ」
瞳を細め、遊士は子猫の頭を撫でると、側に置いてあった短刀の柄を掴み素早く抜刀、天井に向けて投擲した。
同時に、隣室にいるであろう彰吾を呼ぶ。
「彰吾っ!」
ガタ、と板が外れ人影が降ってきたのと、刀を手に彰吾が襖を開けたのもまた同時であった。
「遊士様!何が…、ってめぇは猿飛!」
遊士の姿を確認し、次に侵入者を目に入れた彰吾は躊躇いなく刀を抜き放つ。
「え?ちょっ…!」
驚く侵入者に彰吾は問答無用で斬りかかった。
「一度ならず二度までも、許さねぇ…!」
「二度って…、俺様アンタと会うのは初めてだよ!人違いだって…!」
姿を現したソイツは忍らしからぬ、柄のついた服装に髪は橙。彰吾の振り下ろした刀をクナイで受け止めた。
尚も、攻撃の手を休めない彰吾とそれに戸惑いながらクナイで応戦する忍。
「今日こそ叩き斬ってやる!大人しくしろ!」
「うわっ!?だからちょっと待ってって…!」
スッパリと障子を真っ二つにした彰吾は庭に飛び出した忍を追って、自身も部屋を飛び出した。
その様子を遊士は目で追いながら、中途半端に脱いだ袴を着直す。
「あの猿死んだな。…ん?待てよ、猿?」
遊士も刀を手に、庭に出ると騒ぎに気付いたのか廊下の先から政宗がやって来るのが見えた。
それにいち早く気付いた忍が助けを求めるように口を開く。
「あ、竜の旦那!ちょっと何なのこれ!」
ガチガチと刀と大型手裏剣が耳障りな音を立てて拮抗する。
政宗も彰吾が何故あんなに殺気立っているのか分からず、遊士に視線を投げた。
それを受けて、遊士は仕方なさそうに止めに入る。
「止めろ彰吾。ソイツは明良じゃねぇ」
「ですが!遊士様の着替えを覗いた不逞の輩に変わりありません!」
「何だと…?」
その言葉を聞き、政宗までもスッと瞳を鋭く細めた。
「おい、猿。てめぇ何しに来たんだ?返答しだいじゃ斬るぜ」
「だから誤解だって!俺様は竜の旦那に用があって来たの!そしたら竜の旦那に良く似た子が居て、ちょーっと気になって…」
探ろうとした、ってワケか。
ピリピリと張り詰めたその場に、また新たな足音が近付いてきた。
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