05


突き出された棒を叩き落とし、斜め下から切り上げる。

「はっ――」

「―っ」

ブン、と体すれすれを通過した木刀に成実の表情が一段と引き締まる。

成実は棒を持つ手に力を込めると、叩き落とされた棒を彰吾の胴目掛けて真横に払った。

だが、その一撃は胴に入る寸前木刀に防がれる。

ガァン―!!

激しくぶつかり合った棒と木刀。力が拮抗し、ガチガチと耳障りな音が立つ。

「さすが、強いね」

「成実殿も。ですが…」

ふっと彰吾は木刀から力を抜き、成実の重心を崩すと腰を落とし、足払いをかける。

「―っと!その手にはかからないよ!」

しかし、
成実は足払いを、棒の先を床に垂直に着き、棒を支点に体を上へ跳ばしてかわす。同時に崩された体勢を整え、彰吾から距離をとった。

「今の体術、遊士にもやられたなぁ」

「そうですか。遊士様に体術を教えたのは俺ですからね」

「え!?彰吾が教えたの?」

会話を続けながら、互いに打ち合う。

「一応。他にも剣術等を少々」

「へぇ〜、ってことは遊士より強いんじゃ!!」

振り下ろされた木刀がいきなり軌道を変えて成実の脇を打つ。

「――っと」

急な返しにも成実は咄嗟に反応して攻撃を防いだ。

「なるほど…。反射神経も良いな」

今の攻撃を防いだ事に対してか、彰吾は瞳を細めると一度成実から離れた。

そして下段、右斜め下に木刀の先を向け構えをとる。

「え?何?」

唐突に変わった場の空気、彰吾の纏う雰囲気に成実は戸惑う。

「行きますよ、成実殿」

だが、考える間も無く距離を詰めてきた彰吾の攻撃を受けるのにいっぱいいっぱいで成実はすぐに忘れた。

「お〜、やってるな。彰吾の奴、オレには駄目だって言った癖に自分は楽しんでるじゃねぇか」

鍛練場に顔を出しにきた遊士は、中で成実と彰吾が仕合っているのを眺めて呟く。

「…遊士様。彰吾様に用事ッスか?」

休憩時間はとうに過ぎ、かといって鍛練の続きも出来ない兵達が遊士が来た事に気付き、どうにかしてくれないかという思いを抱きつつ、恐る恐る声をかけた。

「ちょっと見に来ただけだ。オレの事は気にせず鍛練してくれよ」

そうじゃないッスよ〜、と肩を落としかけた兵達の耳に、続いて希望の光が届く。

「あ。ありゃ彰吾の勝ちだな」

バッと見やった先、遊士の視線の先には大きく体勢を崩し、尻餅をついた成実の姿があった。


何がどうしてそうなったのか。木刀の打ち合う音はしなかった。

彰吾はふぅ、と一つ息を吐き出すと呆れたような眼差しを成実に向けた。

「だから言ったでしょう?危ないと」

「は、はははは…。まさか本当に滑るとは思わなかった…」

成実が負けた原因。それは、床に落ちていた水。

突き出された木刀を避けようと動いたところで足を滑らせたのだった。

「まったく、鍛練で怪我をして本番になったら動けませんじゃ笑い話にもなりませんよ。…誰か、雑巾で拭いといてくれ」

「はいっ!」

自覚はあるのか成実は座り込んだまま落ち込む。

「あれ、遊士様。いつの間にこちらに」

そこで漸く遊士が見に来ている事に気づいたのか彰吾は穏やかな顔で言った。

「ん、ついさっきな」

遊士はスタスタと中に上がり込むと沈んでいる成実の頭を軽く叩く。

「何で水が落ちてんのか知らねぇけど気を付けろよ。お前が戦えなくなると大変だからな」

「遊士!」

労りの言葉に、現金にも成実はぱぁっと表情を明るくする。

「甘いです遊士様。これは成実殿の自業自得ですよ」

「ん〜、でもさ。自業自得でも何でも成実が怪我して抜けたら政宗が困るだろ」

成実は一応伊達の戦力だし、としれっと告げた遊士に成実の浮上した気分が急下降する。

「っ、俺の心配しろよー!!薄情者〜!」

「してるだろ?」

「遊士様、それは違うと…」

もうやだ、と成実はいじけて床に転がった。
「ったく、冗談はここまでにして起きろ成実。まだ鍛練は終わってねぇんだろ?」

左手を差し出し遊士は促す。

それに、ぶつぶつ文句を言っていた成実もピタリと口を閉じてその手をとった。

遊士に引っ張られるようによいしょ、と立ち上がり落とした棒を拾う。

成実はけろっとした表情で彰吾と遊士に向き直ると力強い瞳を二人に向けて言った。

「勝ち逃げはさせねぇからな彰吾。遊士もだけど」

そして、観客と化していた兵達に鍛練再開するぞー、と指示を飛ばし本来の仕事に戻っていった。

「ha、頼もしいじゃねぇか」

一見扱いが酷いように見えるが、これで中々遊士は成実を気に入っていた。

「そうですね」

指導を始めた成実を見ながら彰吾もその言葉に頷く。

「んじゃ、オレは部屋に帰るとするか。ここにいても何も出来ねぇしな」

くるりと背を向け、遊士は歩き出す。

彰吾も木刀を片付けると鍛練の邪魔にならぬよう、遊士の後に続いて鍛練場を後にした。

背後では木刀の打ち合う音と、兵士達の声、成実の鋭い声が飛んでいた。




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