04
「おや、何か良いことでもありましたかな?」
「い、いや別に何も…」
やっと顔から熱の引いた遊士は、廊下でばったり遭遇した綱元の第一声に思わずどもった。
「そうですか。では私の気のせいですね」
にこりと笑った綱元は遊士の言葉を信じたのか信じてないのか良く分からない。
「綱元殿、何処かへ行く途中で?」
そこへ、さっきは助けてくれなかった彰吾が助け船を出す。
「えぇ。殿に報告書を渡しに。…と、そうでした、彰吾。成実が貴方を捜していましたよ。たいした用ではないと思いますが一応鍛練場に顔を出してやりなさい」
「成実殿が俺を?分かりました、行ってみます」
綱元と短い会話を交わし、別れる。
遠ざかって行く綱元の気配に遊士はほっと息を吐いて呟いた。
「鍛練場か。暇だし後でオレも見に行こうかな」
「それは構いませんが刀を振るうのは無しですよ」
その呟きを拾った彰吾に即座にたしなめられる。
「何でだよ?」
「先の戦いで負った右肩の怪我、まだ治ってませんよね。それが完治するまでは駄目です」
もう大丈夫だ、と口を開こうにも彰吾は見てきたように言い切り、最後にだめ押しの一言を加えてきた。
「政宗様だって怪我が早く治る様に、動き回らず大人しく執務をなさっているでしょう?」
「…OK.分かった。でも見に行くだけならいいんだろ」
「それならば構いません」
自分を心配しての言葉に、遊士も強くは出れず大人しく頷いた。
後で顔を出すと言った遊士と別れ一人、彰吾は鍛練場へと向かう。
「あっ、彰吾様だ」
ちょうど休憩の時間なのか鍛練場の外や出入り口には、座り込み、水を飲んだり手拭いで汗を拭っている兵達がいた。
「どうしたんスか?」
「何かあったんですか?」
その中で雑談をしていた兵達が彰吾に気付いて声をかけてくる。
「いや、成実殿が俺を捜していると聞いて来たんだ。中にいるか?」
遊士達と違い、彰吾は一般の兵達には普段敬語は使わない。身分というのもあるが、何よりその方が親しみやすいからだ。
ここでも向こうでも一般兵は大事な存在である。決して軽んじてはいけない。
彰吾の砕けた態度に兵達も気軽に話しかけられるのか他の兵が言う。
「成実様ならさっきまでそこにいたけど…、う〜ん。休憩が終われば戻って来ると思うっす、多分」
「そうか。じゃぁ少し待たせてもらうか」
開け放たれた鍛練場の入り口をくぐり、彰吾は中へ入る。
先程まで鍛練していた余韻か、熱が隠っていた。
彰吾は何気なく転がっていた木刀を拾い、軽く振るう。
ヒュッ、とキレの良い音がして木刀は空を切った。
それから程なくして待ち人は現れた。
「おっ、彰吾じゃん!来てくれたんだ!」
頭から水でも被って来たのか髪からポタポタと滴が落ちている。
嬉しそうに笑い、近付いてくる成実に彰吾は鋭く告げた。
「成実殿、鍛練場に上がるならその髪ちゃんと拭いてから来て下さい。じゃないと危ないですよ」
「ん?あぁ、はいはいっと」
ガシガシと首に巻いた手拭いで適当に髪を拭くと成実は彰吾の正面に立つ。
「それで、綱元殿に聞いて来てみたのですが俺に何の用ですか?」
「ん〜、遊士とは何度か手合わせしたことあるけど彰吾とやったことなかったなぁって思ってさ」
濡れた手拭いを壁際に放って、槍に見立てた木の棒を手に取る。
それをビシッと彰吾に突き付け成実はニヤリと笑った。
「手合わせ、しようぜ」
「……綱元殿の言う通りだったな」
たいした用ではないと思いますが、か。
しかし、別段断る理由もなかった彰吾は手にした木刀で突き付けられた棒をカツンと叩いた。
「いいですよ。…お相手しましょう」
「そうこなくっちゃ!」
ザッ、と共に間合いをとり睨み合った。
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