01


戦国の梟雄とうたわれる松永を打ち破ってから数日。遊士はどうにも居心地の悪い、どちらかといえばむず痒くなる様な視線を受け、辟易していた。

「落ち着かない…」

「仕方ありませんよ」

頭を抱える遊士の後ろを彰吾は苦笑しながら歩く。

原因は言わずもがな先達ての松永戦だ。

政宗が負傷して以降、成り行きで指揮をとる形になった遊士。

元からこちらへ来るまでは伊達家当主としてその手腕を発揮していた遊士だが、政宗のいる此処ではその機会もなく、片鱗は見せるもののはっきり言って怠けていた。

それは遊士本人も認めるぐらいには怠けていた。

「気を引き締め直す良い機会だと思えば良いではないですか」

それを此度の松永戦で、兵士達のいる前で発揮してしまった。

人質を残したままでの撤退命令。街道では自ら囮となり、真田との一騎討ち。その後、諌める目的でとはいえ政宗とも刃を交えた。

全ての責任をその背に負っての一戦だった。

その決断力、采配、武勇が兵士の間で瞬く間に広がり、何故か今まで普通に接してくれていた兵士達から尊敬や憧れの眼差しを向けられるようになってしまったのだ。

はぁ、とため息を吐き遊士は足を止める。

「それにあちらではその様な視線、日常だったではありませんか」

そう言った彰吾の言葉に暫し考え、遊士は違う、と首を横に振った。

「何か違うんだよ。自分でも良く分からねぇけど…」

歯切れ悪く返す遊士と口を開きかけた彰吾の間に別の声が割って入る。

「来たならそんなとこで立ち話してねぇで入って来い」

それは、足を止めた障子の向こう側からだった。

そこではたと本来の目的を思い出し、遊士はその声に促されるように障子に手をかける。

そうだ。政宗に呼ばれたんだった。

スッと障子を開け、中へ入れば文机の前に政宗、その側に小十郎が控えるように座っていた。

「あれ、執務中?何なら出直そうか?」

文机の上に書きかけの書を目敏く見つけ、遊士は遠慮するように政宗を見る。

「いや、これはまだ保留中の案件だ。気にするな」

予め用意された座布団に促され、遊士と彰吾は座った。

文机に向かっていた政宗も体ごと遊士達に対面するように向きを変え、小十郎は立ち上がると襖を開けて近くにいた女中にお茶を持ってくるよう言う。

湯飲みがそれぞれの前に運ばれて、お茶を一口口に含んだ所で政宗が口を開いた。

「小十郎から粗方話は聞いたが遊士、真田と殺り合ったそうだな。…刃を交えてどう思った?」

咎めるでもなく、興味深そうに聞いてきた政宗に遊士は感じたままを答える。

「一言でいえば、やっぱり強い。力が馬鹿みたいにあって正直、長期戦に持ち込まれたらオレの負けだったかも知れない」

決して自分の力を過信してはいけない。

「…そうか」

そう答えれば政宗は思案気に頷き、文机の上にある書きかけの書をチラリと見やった。

「政宗?」

「…あぁ、何でもねぇ。それよりこの間聞きそびれた事があったな」

政宗の視線が対面に座す二人に戻される。

「彰吾、お前の持つ刀は二振りとも小十郎が使っていた物だったな」

「はい。そうですが何か…?」

今さらになって確認してくる政宗に彰吾は首を傾げた。

「それで、遊士。お前の使っている刀は俺の刀だって言ったな」

「Yes.それがなに…、あぁ…」

確認するようなその言葉の途中、遊士は何となく政宗が何を聞きたいのか気付いた。

「他の刀はどうした?それとも、二振りしか残らなかったのか?」

今まで指摘されなかったのが不思議なぐらい見事スルーされていた話題。

遊士の持つ刀は政宗の刀。本来、六振りある筈だった。



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