17
その日、政宗と遊士は己の右目からも説教を受けるはめになった。
遊士は彰吾の小言を聞き流しながら感慨にふける。
彰吾にゃ悪いけど日常に帰ってきた気がする。
そう思えばふと口元が緩んだ。
「彰吾」
「はい?」
「心配ばっかかけて悪かったな」
素直に口をついて出た台詞。彰吾はそんな遊士に驚き、マジマジと遊士を見る。
「いえ、分かっていただけたのなら…」
「Sorry...。もうあんな無茶はしねぇよ、…多分」
多分と付け加えるあたりそれが遊士の本音だと分かる。
「多分ではなく、是非そうして下さい」
それから自室での療養を言い渡され、右手と右肩だけなのに、床に敷かれた布団へ押し込まれた。
「では俺はこれで。夕餉になったら呼びに来ますので」
「おぅ。…お前もちゃんと休めよ」
彰吾が部屋から出て行き、その気配が遠ざかったのを確認してから遊士は布団から脱け出す。
「ちょっとだけな。すぐ戻ってくるから」
誰もいないのに言い訳を口にし遊士は部屋を出て行った。
そんな遊士がやって来た先はというと。
「遊士様!?」
「何故こんな所に!?」
伊達軍兵士が詰める大部屋のうちの一室。
「シッ!静かにしろ。バレちまうだろ」
「は、はぁ…?」
遊士が来ただけですでに騒ぎになっているというのに本人はまったく気付いていないのかコソコソと部屋の中を覗いている。
無事だって言ってもやっぱ自分の目で確かめたい。
アイツ等は、っと…。
何だ結構元気そうだな。
「遊士?」
ポンと後ろから左肩に手を置かれ、ギクリと肩が大きく跳ねる。
「っ―!?その、これは…って成実か。はぁ〜、脅かすなよ」
「何してんだこんなとこで?」
不思議そうに首を傾げた成実に遊士はちょっと考えてから答える。
「…ちょっと散歩がてら様子を見に。もう用は済んだから戻るわ」
彰吾に見つかる前に自室に帰ろう。
「ふぅん。あ、そだ!遊士ー、戻るなら梵に伝えといてよ」
何をだ、と振り返った遊士に成実はにやにやと笑った。
「アイツ等はピンピンしてるって遊士からきちんと伝えといてよ」
「………」
なんだか成実の笑みが癪に触る。
「まぁったく似た者同士だよね〜。素直じゃないとことかー、脱け出そうとするとことかー…」
つらつらと続きそうな成実の口を、側にいた兵士の木刀を借りて無理矢理黙らせる。
「ha、口は災いの元だぜ成実」
ポイ、と左手に持った木刀を兵士に投げ渡し遊士はすっきりした顔で政宗の部屋へと向かった。
「政宗、オレだけど…」
「入れ」
政宗の元へ訪れた遊士は前置きもなく成実に言われたことを伝える。
それに政宗は頷き、そういえばと話題を変えた。
六振りの刀、取り戻した六(りゅう)の刀と一緒に揃えて置いてあった刀を政宗は引寄せ、手に取る。
それは遊士の愛刀。
キンッ、と鯉口を切り数センチ刀身を引き出した政宗はその輝きに視線を落とした。
「良く手入れされてる。…使ってる間自分の刀と錯覚しそうなぐらいだったぜ」
「それは元は政宗の刀だからな」
同じ様に引き出された刀身を見つめ、遊士はさらりと返した。
刀を鞘に納め、政宗は遊士に刀を差し出す。
「Thanks、助かった」
「いや、オレが勝手にやったことだし」
返された刀を受け取ろうと遊士は左手を伸ばした。
「それと、この刀について聞きたい事がある」
「なん…、―っえ!?」
刀に触れた瞬間、ピリッと指先に痺れたような衝撃が走る。次いで刀から蒼白い光がパリパリと放電を伴って溢れ出した。
「何だこれは―!?」
政宗も左目を見開き、手にしている刀から溢れ出した蒼白い光を見つめる。
それはバチバチと音を立て、刀の真上で徐々に形を成していく。
「これは…」
「Dragon…?」
放電しながら、刀から現れた蒼い竜は二人の頭上をぐるりと一回りし、現れた時と同じ様にいきなり蒼い閃光を放って―――消えた。
遊士は竜の居た空間を呆然と見つめ、驚きで掠れた声を出す。
「今の…見た、よな?」
「あぁ。…Blue dragonがお前の刀から出てきた」
刀に触れている互いの手。あり得ないと思いながら遊士は重ねて聞いた。
「こんなことって普通あるのか?」
「ないな。俺の知る限り初めてだ」
とりあえず政宗は刀から手を離し、遊士に返した。
遊士は手の内に返ってきた愛刀を些細な事も見逃さないようにじっくりと検分する。
しかし、これといって変わった様子は見られない。
真剣な眼差しで考え込み始めた遊士と口を閉ざした政宗の間にシンと沈黙が落ちる。
そこへ、ふと二人分の気配が部屋へと近付いて来るのに政宗は気付いた。
「政宗様」
「小十郎と彰吾か、入れ」
「失礼します」
すっと障子が開き、予想通りの二人が入室してくる。
「げっ、彰吾!?」
「やはり遊士様もこちらに」
チラリと遊士がいるのを認めて彰吾は眉を寄せた。
「それで先程の雷光は何ですか?」
けれどそれは遊士が政宗の部屋に居たからではなかった。
小十郎も険しい表情で頷く。
「見たところ敵襲があったというわけではありませぬな。それでは一体…」
もしかしてさっきの現象が外にも?
遊士は政宗と顔を見合わせ頷く。
「説明するからとりあえず座れよ二人とも」
刀から現れた蒼い竜の話を終えるとまず彰吾が口を開いた。
「刀、光、竜…。もしや俺達がここへ来たのはその竜が関係しているのでは…?」
「ん〜、一理あるかもな。あの時も刀が、…ってあの時はお前の刀だって」
「Dragonが出たのか?」
No.と遊士は政宗の問いに首を横に振る。
「Dragonは現れなかったが、同じ様に目が眩むぐらいの光が溢れて、気付いた時にはもうこっちに飛ばされてた」
「ならば他に、その前後に変わった事などありませんでしたか?」
小十郎の言葉にも遊士は首を振って返した。
「分からない」
難しい顔して、遊士の愛刀を囲んで談義し始めた四人だったがいくら考えても全ては憶測止まり。
「…止めだ。これ以上考えても埒があかねぇ」
「そうですな。現時点では未だ何とも…」
「オレも同感。まぁ、なるようになるだろ。それにこういうのは専門外だ。彰吾に任せる」
「任されても困ります。俺だって専門外ですよ」
ふっと何処か張り詰めていた空気が緩み、それぞれ苦笑にも似た笑みをその顔に浮かべる。
例えこの刀が何であれ、護るべき者を護れればそれで良いと遊士は思う。
それに…竜は伊達の守り神だって昔聞いたことがあるしな。
「さっ、それよりそろそろ夕餉の時間だろ。今日は何だろな」
「遊士様…」
蒼竜へと受け継がれしは刀か意志か。宝刀より現れし竜は何を告げるのか。護るべき時は直ぐそこまで近付いて来ていた―。
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