10
やがて古寺への入り口が見えてくる。
「あそこか…」
「どうやらその様です」
そして、…いつかこの身で感じた、生温い風が吹いた。
「…!」
スッと変化した空気に、第六感が警鐘を鳴らす。
嫌な予感に遊士と小十郎は咄嗟に馬から降りてその場を離れた。
次の瞬間その場にザァッと黒い風が吹き抜け、馬が嘶き、血が流れた。
黒い風、その正体…
「―っ、風魔!?何でお前がここに!」
「松永の野郎に雇われたか…!」
北条との戦中で忽然と姿を消した風魔 小太郎がそこにはいた。
遊士は驚き、小十郎は風魔を睨み据える。
鈍い輝きを放つ対刀を手に、言葉を持たぬ傭兵が風のように遊士に迫った。
その素早さに、遊士は辛うじて鞘から抜くことの出来た刀で応える。
「遊士様!」
小十郎が鋭く遊士の名を叫んだが、遊士の耳には入らなかった。
「…っ、…ぐぅ!」
ザシュッと右肩を掠めた対刀が遊士の肌を切り裂く。
遊士も隙を狙って攻撃を仕掛けるが、簡単にかわされてしまった。
「Shit!コイツっ…!」
まるでオレの死角を狙うかのように右側ばっか攻撃して来やがる!
「……くっ!」
死角を補うため遊士は残りの一振りの刀も抜き放つ。
ギィンと触れた刀同士が音を立て、その衝撃が振動となって遊士の右腕に伝わった。
斬られた右肩から血が流れ、蒼い陣羽織に赤が染み込む。
「遊士様、御免!」
風魔の対刀を受け止めていた遊士の間にその声と共に一刀が振り下ろされる。
バッと瞬時に離れた風魔に、遊士は刀の主を見上げた。
「っは、…はっ…小十郎さん…」
小十郎は息の上がっている遊士を見て、赤く染まった右肩に視線をやり、眉を寄せた。
松永に斥候を捕らえられてからこの方、長時間馬を走らせ、大立回りを何度かしている。それに加えて、遊士にはどうしても変えることの出来ない体力的な差もある。疲れないわけがない。
「お下がり下さい。ここはこの小十郎が」
考えた末、風魔から遊士を守るように進み出た小十郎は遊士に背を向けた。
「……ん。頼む」
暫し逡巡(しゅんじゅん)した後、遊士は頷いた。
今はオレがやるとか、無理を通す場面じゃない。早く片付けば片付くほど良いし、小十郎さんはきっとオレより強い。
その背からビリビリと伝わる覇気に、遊士は背筋を震わせた。
手合わせしたいとは思うけど、絶対に敵には回したくない相手だ。
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