07
一足先に青葉城へ帰還した彰吾は、政宗を床に寝かせすぐに薬師の手配をした。
後は薬師の仕事。自分に出来ることはない。
彰吾は寝かした政宗の側に座り、薬師が来るのを待つ。
遊士様と小十郎殿は大丈夫であろうか…
膝に乗せた拳をぎゅっと強く握る。
それからすぐ喜多に連れられた薬師が到着した。
「彰吾。ここは私が見ていますから、貴方は先に着替えてきなさい」
「しかし…」
「政宗様が心配なの分かっています。けれど、埃っぽいその格好で側に居られては衛生的に良くありません」
ぴしゃんとそう言われて、彰吾は自分の格好を見下ろす。
当然陣羽織のままだし、この格好で立ち回りをしてきたのだ、陣羽織は所々汚れていた。
彰吾は冷静でいたつもりだったが、結局は自分も動揺していたのだ。
「…すぐ着替えて参ります」
スッと立ち上がり、彰吾はこの場を喜多に任せて出て行った。
自室に向かって歩けば、廊下の途中でかたまっていた兵士達が彰吾に気付き矢継ぎ早に口を開く。
「彰吾様、筆頭は…」
「大丈夫ッスよね…」
彰吾は足を止め、答える。
「今、薬師に診て貰っている。…俺もそうだが、お前達に出来ることは今は無い。小十郎殿が戻られるまで各自、部屋に戻って休息をとれ」
「ですがっ…」
「政宗様はこんな所で倒れる御方では無い。俺はそう信じている」
兵士達は彰吾の力強い言葉に、互いに顔を見合わせ頷く。
そして、大人しく廊下を戻って行った。
薬師が下がり、着物に着替えた彰吾が政宗の側で控えてどれぐらい時間が経ったか外が騒がしくなった。
静かに、けれど急ぎ足で近付いて来る二つの足音に彰吾は廊下に面した障子を開けた。
「彰吾、政宗様は?」
そこには思った通り、小十郎と遊士が居た。
彰吾は大きな怪我も無く、無事な姿の二人に安堵し、口元を引き締めて薬師の見立てを話した。
「身体の至る所に切り傷と打撲、一番深かった腹の傷は処置し終えてもう大丈夫かと。ただ、意識が戻らぬ事にはまだ予断は許さぬ、とも。薬師には客間で控えてもらっています」
意識が戻っていない事に小十郎は眉をひそめた。
「そうか…」
「ご苦労だった彰吾」
室内に入った小十郎は政宗の側に膝を付き、遊士は彰吾を労うようにその肩をポンと叩いた。
そして、遊士は座らずに視線だけで政宗の様子を見るとソッと瞼を伏せた。
…政宗。そんな姿、お前には似合わねぇよ。早く、目を覚ましてくれ。
「遊士様」
立ち上がった彰吾が小さな声で遊士に声をかける。
遊士は伏せていた瞼を持ち上げ、視線で答えた。
「ここは小十郎殿にお任せして俺達は一度退出しましょう」
正座した膝の上で拳を握り、政宗を見つめたまま微動だにしない小十郎。
「そう、だな…」
政宗を守れなかった、と自分を責めているのだろう。
それはオレも同じ…。
遊士は小十郎から視線を外すと、彰吾と共に静かに部屋を後にした。
その夜、遅くに政宗が意識を取り戻したと喜多から伝えられ、自室で休んでいた遊士は彰吾に声をかけて急いで政宗の部屋へと向かった。
「それで、アイツ等をそのまま残して来たってぇのか!」
そこには激昂する政宗と、政宗の怒りを受け止め静かに頷く小十郎がいた。
「政宗様の御身に勝るものはございません」
「てめぇ…!」
ダンッ、と足を踏み出した政宗は小十郎の胸ぐらを掴む。
「ンな言い訳なんざ聞いちゃいねぇ!…俺はな、アイツ等を見捨てるつもりはねぇ」
開いた障子から月明かりが差し込む。
途中で足を止めていた遊士は月明かりに照らされた政宗の顔色が悪い事に気付いた。
政宗は胸ぐらを掴んでいた手を離すと、枕元に畳まれていた陣羽織を羽織る。
奪われた刀とは別に、室内に置いてあった刀を一振り手に政宗が廊下へと出て来る。
「成りませぬ政宗様」
それを小十郎が政宗の前に立ちはだかり制止した。
「退け」
「いいえ、退きませぬ」
問答する時間すら惜しいのか政宗は刀の柄に手をかけ、キンッと鯉口を切った。
小十郎も引く気はないのか、腰に挿した刀に手をかけた。
「何も恐れず、いついかなる時もただ前だけを見て進んで頂く、そしてその背中はこの小十郎がお守りする。そう誓っておりましたが…」
小十郎は真っ直ぐ政宗を見据え、スッとゆっくりと鞘から刀を抜く。
「今、手負いの貴方様を出陣させることだけはこの命に代えても!!」
止める、と小十郎は主君である政宗に刃を向けた。
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