03
「これでいいだろう…、そいつらを解放しろ!」
「…はっ、ハハハハハハ!いや、見事見事!」
松永は政宗の射殺す様な視線をものともせず愉快そうに唇を歪めた。
「独眼竜、君はまったくもって清らかな男だ!」
スッと松永の左腕が持ち上げられる。
その仕草に、同じく松永を睨み据えていた遊士はハッと目を見開き、咄嗟に叫んだ。
「逃げろ政宗―!」
そんな遊士を嘲笑うかの様に松永は口端を吊り上げた。
「…そして、実に救いがたい!」
パチン、と松永が指を鳴らしたと同時に、政宗の立っていた場所からドンッという大きな音と激しい火花が上がった。
ゴオッと炎と煙が立ち上る中で、政宗の体が傾いだのが見える。
「政宗!」
そして、その身体は爆風に煽られ崖の外へと投げ出された。
「政宗様――!」
後を追い、小十郎が手を伸ばすが届かない。それが分かると小十郎は、自分の身を省みず政宗を追うように崖下へとその身を投げた。
「政宗様!小十郎殿!」
遊士と彰吾も助けようと駆け出したが間に合わなかった。
「クッ、ククク…っ。は…はははははっ!」
崖下へと消えた二人を目に、遊士は刀を抜く。
「てめぇっ…、松永ァ!よくもっ!」
「…許さないか?独眼竜によく似た少年」
松永は笑いを納め、殺気立つ遊士を見下ろす。
刀を構えた遊士の行く手を彰吾が片手を伸ばして遮る。
「どけ彰吾!邪魔をするなっ!」
「私を殺すつもりかね?…ではそうしたまえ。独眼竜の敵をとりたいならば憎しみに身を任せ、私に刃を突き立てるといい。欲望のままに奪う、それが世の真理だ」
今にも斬りかかりそうになっている遊士に彰吾が諌めるように鋭く言う。
「あの様な戯れ言に耳を貸す必要はありません!…遊士様!!」
最後に強く遊士の名を呼び、彰吾は自分達の後ろについてきた伊達軍兵達にチラリと視線を向けた。
それだけのやり取りで彰吾の言いたい事に気付いた遊士はハッと我に返る。
「…っ!…悪ぃ」
そうだ。政宗と小十郎さんがいない今、誰がコイツ等を守るんだ。
遊士はふっと息を吐き、自分を落ち着けると刀を下ろした。
「どうした?卿は私を殺したいんじゃないのかね」
「……てめぇ等、撤退だ。オレが後を持つ」
松永を許せない気持ちはある。だがここで、一緒についてきた伊達軍兵士達の命まで散らせるわけにはいかねぇ。
「そんなっ!アイツ等をこのままにして行くつもりですか遊士様!」
「…そうだ。さっさと行け!」
後ろから聞こえて来た兵士の声に、遊士は唇を噛み言葉を紡いだ。
遊士の撤退命令に伊達軍兵士は戸惑い、中々動こうとしない。
それを彰吾の鋭い睨みと、声が動かした。
「てめぇ等、遊士様の言葉が聞こえなかったのか!」
「「…っ!!」」
普段の小十郎の成果か、彼等はピシッと背筋を伸ばしそそくさと言われた通り撤退し始めた。
遊士はそれを目の端に止め、人質にとられた斥候一人一人を見つめる。
ここは一旦退くが、絶対助け出す!
撤退し始めた伊達軍を眺め、松永はその指示を出した遊士を興味深そうに見やった。
「人は誰しも己が一番可愛いものだ。ここで私に背を向ける卿もまた、…それは別に恥ずべき事ではない。卿はまったくもって正しい」
まるで遊士が自分の命惜しさに人質を見捨てたんだと言う様な方に、実際そう見えるのかも知れないが、遊士はギリッと奥歯を噛み締め耐える。
何とでも好きに言え。例え、嘲笑されようが罵倒されようがオレはただ皆を守るだけだ。コイツ等だけでも無事、政宗の元へ帰さなくては。
押し黙った遊士の背を押すように人質として捕らわれていた斥候が声を上げる。
「…遊士様!俺等のことは…いいッス!気にしないでくだせぇ…」
「それよりも…筆頭を…!」
遊士は視線をそちらに向け、力強く一度頷いた。
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