01
ガン、ガンと激しく木刀の打ち合う音が響く。
「ha―、だんだん腕が下がってきてるぜ遊士」
「ンなこと分かってる!」
政宗から受ける一撃一撃が重い。
グッと足を踏み込み、斬り上げる。しかし、逆にそれを容易く受け止められ、力で押される。
「くっ―」
「馬鹿正直に組むな。お前は力じゃどうしても負ける。受け流すかいなすかしろ」
それも分かってる。だけど政宗と仕合う機会なんて少ないんだからちょっとは堪能させろ。
遊士はフッと口元を緩ませ、愉しげに笑った。
木刀を挟み、真剣な眼差しで、でもどこか愉しそうに向き合う主君達を彰吾と小十郎は濡れ縁に腰掛け眺める。
「小十郎殿もお茶飲みますか?」
「あぁ、頼む」
彰吾は湯飲みにお茶を注ぎ、小十郎の横へ置いた。
そして、自分の分を手に取り一口口に含んだ。
「お二人とも楽しそうだな。それに、こうして見てるとまるで兄弟の様だ」
「そう、ですね。…遊士様にとって政宗様はここへ来るずっと前から憧れで尊敬している御方でしたから。言葉にはしませんが相当嬉しい筈です」
「ここへ来る前から?」
小十郎も湯飲みに口を付け、横目で彰吾を見やる。
「はい。小十郎殿も遊士様の右目の事気付いておられると思いますが…、今でこそ平気になられましたが遊士様は幼い時右目の事を酷く気にしていました」
視線の先で愉しげに笑う遊士を、瞳を細め見詰めながら彰吾は話し出した。
生まれた時から右目の視力は弱く、成長するにつれ徐々に見えていた物が見えなくなっていった。
距離感が上手く掴めず、物を取り落とす事も、壁や柱にぶつかる事も度々あった。
そんな日々が続いたある日。
―彰吾!
幼い声が俺を呼び止めた。
その時の俺もまだ子供で、遊士様の側役でもなく遊士様とは兄妹の様な関係だった。
近付いてきた遊士様は俺の服の裾を掴み、口を開く。
―おれのみぎめはいつかひかりをうしなう。
―何言ってるんだよ!そんなことない。
―ううん。じぶんのことだからわかるの。
言葉を失った彰吾に遊士はぎゅっと彰吾の服の裾を握り締めたまま続ける。
―でもね、おれまけない!だっておれには彰吾がいるから。
―え?俺…?
―うんっ。ちちうえがおれのみぎめは彰吾だって。それでおれはどくがんりゅうっていうかっこいいそうりゅうになるんだぞ、って。
―独眼竜?…政宗様の事か。
―まさむね?
そこまで詳しい話を聞いていないのか遊士は聞き返した。
―政宗様って言うのは…
そう続けようとして俺は裾を掴む遊士様の手が小さく震えている事に気付いた。
口で何と言おうとも心は正直だ。
片目とはいえ、光を失う。幼子にとってそれがどれ程の恐怖か。
俺は子供ながら何とかしてあげたくて遊士様をぎゅっと抱き締めた。
―政宗様っていうのは遊士様の様に片目しか見えなかったけど、奥州の民をとても大事にしていた心優しい城主様で、物凄く強くて、格好良い人だよ。戦場じゃ独眼竜って名で恐れられるぐらい凄かったんだ。
―じゃぁ、おれもどくがんりゅうになる!つよくてかっこいいひとになる!それでみんなをまもるんだ!
そう言って、俺を見上げる瞳は眩しいぐらいの強い光を持っていた。
「それ以来、遊士様にとって政宗様は憧れであって尊敬、目標、越えるべき人なんです」
「そうか…」
小十郎は彰吾から視線を外し、同じ様に遊士を見詰めた。
「それから言って置きますと、俺の目標は小十郎殿ですから。ここにいる間、ご指導の程お願いします」
湯飲みを置いて、真剣な表情で言った彰吾に小十郎は振り向き驚いた。
「俺でいいのか…?」
「はい。竜の右目である小十郎殿に」
真っ直ぐ己を見据える、決意の籠った瞳に、小十郎はふっと口元を和らげた。
「お前なら俺に教わらなくても大丈夫だと思うがな」
「俺なんてまだまだです」
彰吾は苦笑して言った。
ふっと息を吐き出し、政宗の攻撃を受け流した遊士は素早く軌道を変え木刀を振るう。
政宗も受け流された木刀を瞬時に返し、鋭い突きを放った。
ビュッと木刀が起こした風が二人の髪を揺らす。
「―っ!」
「くっ…、オレの負けか?」
政宗の木刀は遊士の首筋に付けるよう止まっている。
対する遊士の木刀の先も政宗と同じ様に首元で止まっているが、政宗に比べ少し距離がある。
「…Drawだな」
そう言って木刀を下ろした政宗に倣い遊士も木刀を引いた。
「引き分けか。今のはいけると思ったんだけどな」
「後一歩踏み込んでりゃ遊士の勝ちだったぜ」
足りないのはリーチだけ。それが分かってるだけに悔しい。
「そろそろ休憩するか」
「…おぅ」
ジャリと足を動かしたとこで、廊下をバタバタとこちらに向かって走って来る兵士に気付いた。
「政宗、あれ…」
「ah?」
そちらに視線を向けた政宗は眉を寄せた。
「筆頭ー!筆頭!たっ、大変です!」
濡れ縁に座っていた彰吾と小十郎も何事かと走ってきた兵士を見る。
「まっ、松永 久秀と名乗る男が斥候を人質に取り、六(りゅう)の刀を寄越せと…」
ぜぇはぁ、肩で息をしている兵士は一気にそう告げると真っ青な顔を政宗に向けた。
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