09
ただソコには何かがぶつかり、それを中心にひび割れた城壁だけが存在していた。戦いを物語るものはそれしか残されていなかった。
「Sorry、オレの判断が甘かった。あの怪我でまだ動けるとは…」
「いいえ、俺も気付きませんでした」
周囲にもいない事を確認すると遊士は悔しそうに顔を歪めた。
そんな二人に小十郎は首を横に振って言う。
「一度とはいえ風魔を退けたのです。誰の責でもありませぬ」
それに、と小十郎は遊士の頭に手を乗せる。
「こうして無事で居て下さった事が何より。政宗様が知ればきっと同じ事を仰るでしょう」
くしゃりと、口元を緩めた小十郎に頭を撫でられ遊士は慌てた。
「彰吾もな」
次いで彰吾も頭を軽く撫でられる。
「そ、そうだよな!済んじまった事は仕方ねぇ。それより政宗が待ってるんだろ。早く行こうぜ」
頭を撫でられるという、どこか気恥ずかしい感じに遊士は顔を背け足早に歩き出す。
「お待ち下さい遊士様!一人では危険です!」
その後を彰吾が追い、小十郎も歩き始めた。
氏政を討ち、風魔を退けた事で北条軍は大人しく降伏した。
遊士達は指示を飛ばしていた政宗の元に顔を出し、風魔について報告する。
「そうか」
政宗は腕組みをして一言そう呟いただけだった。
「あぁ」
だから遊士も余計な事は言わず頷いた。
しばらく考え込むようにしていた政宗は腕組みを解くと顔を上げた。
「よし。とりあえず今日はここで一晩過ごす。何人か残して明日の明朝には奥州に向けて立つ。しっかり休息をとっておけ」
そこまで急ぐ理由が解らず遊士は首を傾げる。
城には成実と綱元がいる。政宗が留守の間、城と奥州の民を守るようにと。
「城の方で何か起きたのですか?」
彰吾もそう思ったのか心配そうに聞く。
「いや、そうじゃねぇ」
政宗の側を離れていた小十郎も理由をまだ聞かされていないらしく眉を寄せた。
そして何か思い当たったのだろう、口を開く。
「先の、武田に攻め入った者が何者か判明したのですか?」
あの後、念のため黒脛巾組(くろはばきぐみ)を放っておいたのだ。
黒脛巾組は伊達に仕える忍である。この乱世、いつ何時何が起こるか分からない。常に情報収集しておかなければならない。
政宗は小十郎の言葉に頷き、真剣な表情で言った。
「織田だ。黒脛巾組の報告によれば、有力な武将はいなかったようで真田に蹴散らされたようだが。アイツ等は何するか分からねぇ」
用心しておくに越したことはねぇ。
本来なら勝ち戦で喜ぶ時だが、織田の名を耳にしてそんな気はこれっぽっちも起きなかった。
遊士と彰吾はまだやることがあるから先に休んでろ、と政宗に言われ下がる。
「織田か…」
「織田には濃姫、明智 光秀、森 蘭丸の面々がいますからね。油断は出来ません」
彰吾は暮れる陽に備えて灯を灯す。
刀はすぐ手の届く位置に置き、防具を外すと遊士は壁に背を預け凭れた。
「ここに来てオレはようやく今が乱世だと実感した気がする」
返事を必要としない遊士の言葉に彰吾はただ耳を傾ける。
「風魔と命をかけて戦って…」
「怖くなったのですか?」
「違う。オレはこんなとこで死ぬわけにはいかねぇと思った。オレには慕ってくれる部下も民もいる。ソイツ等の為にもオレは死なねぇ」
真っ直ぐ前を見据えて言う横顔を、彰吾はジッと見つめた。
「それに、…政宗が天下をとるとこ見たいしな」
そう信じて疑わない遊士の声音に彰吾もそうですね、と静かに返した。
「では、俺はこれで。すぐ隣に居ますので何かあれば声をかけて下さい」
「おぅ。Thanks!ゆっくり休めよ」
軽く頭を下げて、彰吾は退室していった。
揺れる灯りが政宗の横顔を照らし、壁に影が伸びる。
「小十郎」
「はい」
武装を解いて、胸の前で腕組みをした政宗は真剣な表情で臣下の名を呼んだ。
「織田の動き、お前はどう見る?」
「そうですな…、此度の件小十郎には魔王が指示を出していた様には思えませぬ」
第六天魔王と恐れられる織田 信長であれば、こんな生温い真似はしないでしょう。
真田が戻る前に甲斐は地獄絵図、もっと言えば武田 信玄が居ようと居まいと関係なく攻撃を加えていたはず。
小十郎の見解に政宗も頷き、口を開く。
「戦に関係のねぇ民の命を悪戯に弄ぶこの所行。あの野郎しかいねぇ」
―明智 光秀
政宗の眼光が鋭さを増した。
「織田の中にあっても明智は異質ですからな」
「あぁ。単独行動かどうかは分からねぇがあの野郎は不気味過ぎる」
蒼白い病人の様な白い肌に、長い銀髪。その両手には死神を思わせる鎌が握られている。
「遊士様達には…」
「Do not say.言わなくていい。アイツ等には戦わせたくねぇ。あんな人を人とも思わねぇ野郎」
それから政宗と小十郎は暫く話し合いを重ね、その夜は何事もなく更けていった。
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