04


薄暗い山中に蹄の音が響く。ゆらりと松明の火が揺れ、紺に満月の描かれた旗がはためく。

それに混じって場違いと思われる大漁旗や天下上等など、ふざけた文句の書かれた旗がバタバタと音を立てる。

「遊士様、あまり無茶は為さりませぬよう」

「分かってる」

先頭を走る政宗とその僅か後ろを走る小十郎の背を視界に捉えながら遊士は隣を並走する、馬上の彰吾に返事を返した。

「もうそろそろだな、小十郎?」

「はっ。斥候に寄りますれば上杉はこの先にて陣を敷いているとの事」

政宗が振り返り、ニヤリとこちらを見て言った。

「てめぇら気合い入れてけよ!Are you ready guys?」

「「yeah――!!」」

兵達は皆、拳を握り片腕を天に突き上げ声を上げる。

その中に遊士が混じっているのを目に留め、政宗は一瞬驚き苦笑した。

「OK!Let's party!」

政宗の掛け声と共に勢いを増した伊達軍は上杉の本陣へと背後から奇襲をかける事に成功した、かに見えた。

「ah?こりゃ一体どういうことだ?」

馬を止め、政宗は瞳を細める。

「すでに出陣した後か、もしくは…」

政宗と小十郎の横に付け、遊士は小十郎の言葉を継いだ。

「罠か、だな。どうする政宗?」

視線の先にある上杉本陣はもぬけの殻だった。

考え込む三人の後ろで彰吾がハッ、と何かに気付き周囲を見回す。

「政宗様!どこからか蹄の音が複数近付いて来てます!」

その言葉と同時に、政宗達も気付き、それぞれ腰に差してある刀の柄に手をかけた。

バッと少数編制された騎馬隊が左側から姿を現した。

「紅い…」

夜明け前の、薄暗い視界の中であってさえ目立つ色に遊士は見覚えがあった。

「むっ!全軍停止ー!」

先頭の青年は伊達軍に気付くと、馬の足を止めた。

「真田 幸村…」

政宗がポツリと溢した名前。遊士はコイツが、と瞳を細めて騎馬隊を仕切る青年を見やった。

紅いジャケットに始まり、額に巻いた鉢巻きまで真っ赤だ。

朱塗りの槍が二本、その手に握られている。

「何故、奥州の伊達軍がここに?」

馬から飛び降りた幸村が政宗に視線を止める。

「ha、どうやら俺達は嵌められたようだな」

「そのようですな」

小十郎が頷き、政宗も馬から飛び降りると幸村に視線を固定した。

周りの兵達はシンと静まり返り、二人の動向を見守る。

いや、本当は。片や奥州を平定し北の一揆まで治め、破竹の勢いに乗る奥州の独眼竜、片や甲斐の虎の懐刀とまで言われ目される虎の若子(わこ)。

見守る以外に手出しなど出来よう筈がなかった。

「何で俺達がここにいるかって聞いたな。そりゃ川中島に乱入して、武田のおっさんの首をとるためだ」

ニヤリ、と笑って見せた政宗に幸村が槍を握り締め睨み付ける。

「なにっ!?そのような事某が断じてさせん!」

覇気を纏った幸村に、遊士は疼く闘志を抑えて、約束どおりその戦いを見守った。







紅と蒼が激しくぶつかり合う。

「やるじゃねぇか、真田 幸村!」

「政宗殿こそ!」

六爪を思う存分振るう政宗はどこか愉しそうだ。

ガキィ、と刀と槍が鈍い音を立てる。

「あれが真田 幸村。政宗様と互角か。いや…」

政宗様の方が少し押してる。

ジッと彰吾は戦う二人を見つめてそう分析した。

そして、同じように政宗達の戦いに魅入っている遊士の横顔に視線を移す。

これは戦いたくてうずうずしてる目だ。

瞳が爛々と輝いている。

「はぁ…」

自然と彰吾の口からため息が漏れた。

遊士は二人の息も吐かせぬ攻防を目で追う。

幸村の左に持つ槍が政宗の刀に弾き飛ばされる。

「くっ―」

そして、飛ばされた槍は遊士のすぐ側へと突き刺さった。

「遊士様!」

「It is all right.それより決まるぜ」(大丈夫だ)

勝者と敗者が。

見れば互いに次の一撃で終わらせようとしているのが感じ取れた。

もっとも得物を一本手放してしまった幸村の方が明らかに不利。

しかし、ここは命を取り合う戦場。不公平だ、等と生温い事は言ってられない。

幸村は右手に残った槍一本の切っ先を政宗に向ける。

その刃先には紅い炎が燃えていた。




[ 27 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -