01
政宗の元で過ごすようになって一月が過ぎた。
遊士は朝の鍛練として伊達軍の面々に稽古をつけながら成実と打ち合う。
「おい、そこ。振りが甘い!」
「はいっ!」
成実の振り下ろした槍に見立てた棒を横に跳んでかわしながら遊士は指示を飛ばす。
「余所見してると怪我するよ」
「ha、オレはそんなに甘くねぇぜ」
追撃するように軌道を変えた棒を遊士は木刀で防ぐ。
そして、距離の縮まった所で成実の右足を刈った。
「うわっ!」
体術に慣れていない成実は体勢を崩して後ろへ倒れる。
そこへすかさず遊士は木刀を振り下ろした。
ピタリと成実の鼻先数センチの場所で止め、ニヤリと笑う。
「I'm win。油断してると怪我するぜ」(オレの勝ちだな)
「―っ、はぁ〜。ずりぃよ遊士。俺それ苦手なんだって」
戦で体術はそうそう使うものではない。大抵は武器を持って戦う。
「そうか?覚えれば結構役に立つけどな」
座り込む成実に手を貸し立ち上がらせる。
「いてて、ありがと」
ふと周りを見れば皆が手を止めこちらを見ていた。
「遊士様すげぇー。成実様があっという間に…」
「さすが筆頭と対等に渡り合った人ッス」
いつの間にかどうやら注目の的にされていたようだ。
遊士は一つ息を吸い込み声を出す。
「てめぇら見てる暇があるなら鍛練しろ!増やすぞ!」
「「はい〜〜!!!」」
その一声で各々定位置へ戻った。
「ははっ、すげ。鶴の一声ならぬ遊士の一声だな」
「笑ってんじゃねぇよ成実。大体これお前の仕事だろ」
遊士は木刀を元の位置に戻し、成実の背を叩く。
「まぁいいじゃん。細かいことは気にすんなって」
笑って誤魔化す成実に遊士はしょうがねぇなと呟いた。
「ところで彰吾は?」
「アイツは畑。最近新しい野菜の苗だか種だか仕入れたからその世話してんだろ」
「ははっ。彰吾も好きだねぇ」
も、ってそれは小十郎さんの事か?まぁ十中八九そうだろな。
「じゃ、オレはこれで」
鍛練場から引き上げ、遊士は自室に向かう。
その途中、前から政宗が歩いて来るのが見えた。
「おはよ、政宗」
「おぅ。ちょうど良いとこに」
「何だ?オレに用か?」
そう聞けば政宗はゆるりと意味ありげに口端を吊り上げた。
「軍議を開く」
「oh、待ってたぜ。オレ、彰吾呼んでくるわ」
「小十郎も一緒にいるだろうから連れてきてくれ」
OK、と応え遊士は足早に畑へと向かった。
久々に暴れられるぜ。さぁて、政宗は一体何処とやるつもりなんだか。
畑の手前で立ち止まり、二人の姿を探す。
「あ、いたいた。小十郎さん!彰吾!」
声に気付いた二人は顔を上げてこちらを向く。
「遊士様。どうしました?」
作業の手を止めて畑から出てきた彰吾に遊士は軍議だ、と一言告げた。
小十郎は予想していたのかすぐ行く、と応え手拭いを外した。
家臣達がズラリと並ぶ中、政宗はパチリと手にした扇子を閉じた。
「Ya、全員そろったな」
視線を受けた小十郎は頷き政宗の前に地図を開いて置く。
遊士と彰吾も政宗の側で次の言葉を待った。
「軍議をはじめる」
地図に置かれる碁石と書き込まれた記しを見てまずは現状を理解する。
武田、上杉は川中島にて睨み合い。
北条に大きな動きは無く、今川は織田に討ち取られた。
織田と同盟を組む浅井にも動きは無く、逆に徳川は抑えられ動けず、前田は中立の立場を貫いている。
そして、豊臣は沈黙。
西国では瀬戸内を挟み、毛利、長曾我部が睨み合い。
最南端では島津と異教徒ザビーが交戦中、と。
皆が理解した所で政宗は本題に入った。
地図上に配置した、伊達を示す碁石を動かし、進めた先にある二つの碁石を纏めて弾く。
「狙うは川中島だ」
弾かれた碁石は武田、上杉両名を示すもの。
乱入しようってか?おもしれぇ。
遊士は弾かれた碁石を拾うと口角を吊り上げた。
しかし、そう思ったのは遊士だけ。家臣達は政宗の言葉にざわざわと騒ぎ出す。
「川中島って、武田、上杉両方を相手にするつもりですか!?」
「いくらなんでも無理ッスよ!」
無理だとか考え直した方がとか収拾のつかなくなった場に怒声が落ちる。
「てめぇら静かにしねぇか!」
声の主はもちろん小十郎だ。
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