13
その頃、ぼやきでなく彰吾は感嘆の声を上げていた。
「これは…、凄いですね。立派な畑じゃないですか」
彰吾の目の前には広大な畑。瑞々しい作物達が収穫を待っていた。
きょろきょろと落ち着かなさげに畑を見渡す彰吾に小十郎は苦笑を浮かべた。
「数日城を空けててな、暫く手入れが出来なかったんだ。手伝ってもらえるか?」
「もちろんです」
彰吾は小十郎と同じ様に頭に手拭いを巻き、着物の裾を捲り上げると邪魔にならないよう縛った。
点々と生えている雑草を抜き、折れたり曲がってしまっている支柱等を直す作業に入る。
「小十郎殿お一人で世話をしているんですか?」
紐を結び直している小十郎に彰吾は棒を支えながら聞いた。
「大体はな。長期間城を空ける時には別の者に管理を頼んで、収穫の時は軍の奴等に手伝わせている」
よし、と支柱の補修も終わり、立ち上がった小十郎は持ってきた箕(み)を彰吾に渡す。
「何か収穫するんですか?」
「あぁ、今夜の宴に使う野菜を幾つかな。彰吾も遊士様の好きなものを採るといい」
「え、いいんですか?」
彰吾は思ってもない言葉に驚いた。
「お前達を歓迎する為の宴だ。政宗様も言っていたが遠慮する事はねぇ」
フッと小十郎は笑みを見せ、自分より少し低い位置にある彰吾の頭をクシャと軽く撫ぜた。
「ちょっ…!!」
主君である遊士と同じ様に子供扱いされた気がした彰吾は慌てて小十郎から距離をとった。
「何だ?照れたのか?」
…っ、そのまさか。この歳になってまで人に頭を撫でられるとは。
なんとも言えない面持ちで彰吾は小十郎を見た。
「あの、俺までガキ扱いはちょっと…」
困ったように返せば何故か苦笑された。
「ガキ扱いしたつもりはなかったんだがな。そう感じたなら悪かった」
「いえ、別に大丈夫です」
「そうか」
若干の気恥ずかしさを感じながら彰吾は首を横に振った。
「ではお言葉に甘えて、幾つか収穫させてもらいますね」
小十郎に背を向け、彰吾は良さそうな野菜を採り始めた。
この畑には本当に瑞々しくて美味しそうな野菜ばかり。一朝一夕で出来るものじゃない。
彰吾は人参を採りながら小十郎に尊敬の念を抱いていた。
「大根と玉葱はその刳(さく)の向こうだ」
「はい」
真剣な表情で野菜を選別する彰吾から離れた場所で小十郎も野菜を収穫し始めた。
どちらも野菜を見る目があり、収穫した野菜を厨(くりや)に運んだら女中達に喜ばれた。
井戸で水を汲み上げ、土で汚れた手を洗う。
布で濡れた手を拭き、彰吾はふぅ、と一つ息を吐いた。
「疲れたか?」
首回りの汗を拭っていた小十郎が息を吐いた彰吾を見て言う。
「少し。でも、楽しかったです。俺も最近忙しくてあまり土に触れる機会がなかったので」
「そうか。お前なら俺が一緒でなくても好きに畑へ入ってもかまわねぇ」
「え?」
彰吾は先程からずっと小十郎に驚かされてばかりいた。
「…何で貴殿方はそこまでしてくれるんですか?」
何度か浮かべては沈めてきた疑問を彰吾は漸く口にした。
「政宗様の意向、と言うのが一番かもしれねぇ。だが、それだけでもない。俺もお前達が気に入った」
「そんな理由で簡単に決めていい事ではないでしょう?」
何かあってからでは遅いのだ。
僅かに滲む警戒の眼差しを小十郎は真っ向から見返した。
「それも確かに一利ある。でもな、俺も政宗様もお前達が俺達の害になるとはまったく思っちゃいねぇ」
「そんな事がどうして分かるのです?」
昨日、今日と共に過ごした時間はまだ僅か。
「“遊士様を傷付けようものなら例え御先祖様であろうと容赦しない”、お前が俺に言った言葉だ」
彰吾は黙って続きを聞く。
「その言葉に嘘偽りは見えなかった」
だから信用できる。お前は俺に似ている。そして、遊士様は初対面の政宗様に向かって“信用できる”と言い、自ら刀を納める事で行動にした。
[ 20 ][*prev] [next#]
[top]