05


それ以上未来の事について問われることも無く遊士は肩の力を抜いた。

「殿」

「ah?何だ綱元?」

胸の前で組んでいた腕を解いて綱元はこれからの事を尋ねる。

「お二人の事はどうなされるおつもりで?」

「二人は俺の客として迎える」

そこで、だ。喜多、と政宗が喜多の名を呼ぶ。

「何でしょう?」

「お前には今日から遊士付きの女中になって欲しい」

「え、政宗?いいよ、オレ自分の事は自分でやるし。それに彰吾だっている」

平素の言葉遣いに戻った遊士は二人のやり取りに口を挟んだ。

「No.彰吾だけじゃ補えない部分も出てくるだろう」

「遊士様、俺もそう思います。最低でも此処に慣れるまではお世話になった方が懸命かと。なにより同性同士の方が相談しやすい事もあるでしょうし」

いくら女っぽくないとはいえ、遊士はれっきとした女性なのだ。

「まぁ、遊士様は女性でらしたのね」

「へぇ、そうなの!?俺もびっくり!」

基本的に遊士は必要に駆られたりしない限り、間違われても否定はしない。
驚く二人を視界の端に留め、遊士は軽く目を伏せる。

「…分かった」

遊士はスッと喜多の方へ僅かに体を向け、軽く頭を下げた。

「喜多さん、お世話になります」

「いいえ、こちらこそよろしくお願い致します」

身分を問わず、敬意を払った遊士の姿勢に喜多は笑みを深くした。



顔合わせと今後の事についての話し合いを終えた遊士達は自室となる部屋へと案内された。
部屋の配置は小十郎の配慮で奥が遊士、その手前が彰吾と隣同士となっている。

障子を開け、外を見れば空は茜色。
鍛練所から出た時はまだ陽は高かったはず。
遊士は愛刀を手の届く範囲に立て掛け、移動した。
庭に面した柱に背を凭れ、足を外に投げ出す格好でその景色をなんとはなしに眺める。

「アイツ等大丈夫かな…」

もといた場所と唯一変わらない、果てしなく広がる空を見つめ遊士は残してきた部下達を想った。

「大丈夫ですよ。アイツ等ならきっと元気にやっているでしょう」

すると、ポツリと落とした遊士の言葉に背後からそう応える声がかけられた。
近付いてきてたのは気配で知っていたので遊士は振り返らずそうだな、と返す。

「なぁ彰吾」

「何ですか?」

「ここは乱世だっていうのに温かいな」

部屋に辿り着くまでに擦れ違った女中や下男、廊下から見えた外の兵達は皆、笑みをその顔に浮かべていた。
乱世という、毎日が死と隣り合わせの世にあって恐怖を感じていないわけではないだろうがその瞳に翳りは見えない。
それはきっと…。

「凄いよな政宗は。オレももっと頑張らなきゃって思った」

「遊士様…。そう貴女が思えた事が既に一歩ですよ」

彰吾は遊士に誘われ、その右隣に腰を下ろした。
遊士は隣に座った彰吾に目をやり、真面目な表情から一転、口元を緩める。

「にしても、原因はよく分からねぇけどluckyだよな」

「…何がですか?」

彰吾は嫌な予感を感じながらも律儀に問い返した。
そして遊士はそれを待ってましたとばかりにキラキラと表情を輝かせて言う。

「だってさ、考えてもみろよ。この時代には政宗と小十郎さんもそうだけど、伝説の忍とか強い奴等がいっぱいいるんだぜ」

来たからには一度はbattleしてみてぇよな。

「また悪い癖ですか。それなら向こうにもいたでしょう」

「そりゃ居たけどアイツ等とはlevelがちげぇよ。それにアイツ等は全員負かした」

政宗か小十郎さん、この際伊達三傑の誰か仕合ってくれねぇかな。

「負かしたって、真田とは勝敗がついてないのでは?」

意気込む遊士に彰吾が疑問を挟む。
それに遊士はつまらなそうに言い捨てた。

「こないだ、お前が留守にしてた時についた」

「あぁ、遊士様が不機嫌で物に当たり散らしていた日ですか。でもその話から察するに勝ったのでしょう?」

それならば何故、荒れていたのか彰吾は不思議に思った。
だが、それも遊士の次の一言で理解した。

「あの野郎最後の最後で手ぇ抜きやがったんだよ!」

遊士にとって真田のとった行為は侮辱以外のなにものでもなかった。
そして、真剣勝負を好む彰吾にもその気持ちは良く分かった。

「それはまた真田も酷なことを」

「だろ?しかもその理由が、女子に刃を向けるなど某の不覚、とかいきなり騒ぎ出しやがって…」

今までだって何回も刃を交えてた癖に。

「いきなり?それは…、何かいつもと違う事とかありませんでしたか?」

「ah?違う事?…あ〜、槍がかすって上着がちょっと斬れたぐらいか。まぁ、さらし巻いてたからどうってことなかったけどな」

カラカラとそう笑い、またブツブツと文句を口にしだした遊士の声を左から右に聞き流し、彰吾は低い呟きを落とした。

「真田の野郎、戻ったら殺す」

そんな和やかとは言いがたい会話を交わす二人の元へ足音が近付いてきた。

「遊士様、彰吾様。夕餉の支度が調いましたので呼びに参りました」

そちらに顔を向ければ喜多が微笑んでそう告げた。



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