03
「未来から来たってぇことは住むとこねぇんだろ?」
「あ〜、そうだった!どうしよ彰吾!」
そこまで考えていなかった遊士は咄嗟に頼りになる己のお目付け役を振り仰いだ。
だが、彰吾が口を開く前に政宗が口を挟んだ。
「なら、ここに住め」
「え?でも…」
チラッと遊士は政宗の隣に立つ小十郎を見た。
自分で言うのも何だが、怪しさ満点の自分なんかを城に置くのは危ないのではないか。
ここが戦国乱世の世なら尚更。
考えていることが伝わったのか小十郎が口を開く。
「暫く監視はつけさせてもらう」
そう言いつつも小十郎はこの二人が政宗に危害を加えるような事はしないだろうと、半ば確信にも似たものを感じていた。
「てぇことだ。I will welcome you.My descendant」(歓迎するぜ、我が子孫)
ニイッと口端を吊り上げ、不敵に笑った政宗に遊士は一瞬遅れて理解し、釣られるように破顔した。
「Thank you!これから彰吾共々お世話になります」
ペコッ、と軽く頭を下げた遊士に彰吾も政宗達に頭を下げた。
「ありがとうございます。ご迷惑をかけるかもしれませんが宜しく御願いします」
「おぅ。そうと決まれば小十郎、部屋を二つ用意してやれ」
「御意」
小十郎は頷いて鍛練場を後にし、政宗は二人について来いと言って歩き出した。
ついて行った先の一室で二人は、政宗の呼んだ女中から着物を手渡された。
「とりあえず先に着替えろ」
そう言われて自分達の格好が運動に適した袴姿な事に気付いた。
別段おかしいというワケでもないが普段着でもない。
ふむ、と遊士は自分の格好を見下ろし、受け取った着物を広げてみた。
藍色に、あまり目立たないが裾の辺りには金と白で繊細な模様と鳥が描かれていた。
「beautiful…」
「気に入ったか?その着物は遊士にやるぜ」
「本当?Thank you.Ancestors!」(御先祖様)
嬉しそうに着物を眺める遊士に政宗も悪い気はしなかった。
「You're welcome.それより俺の事は政宗でいい」(どういたしまして)
同じく、深い紺色の着物を受け取った彰吾もお礼を口にした。
「ありがとうございます。それで、用意して頂いた後にこう言うのも申し訳ないのですが遊士様にはなるべく女性物の着物を着させて下さい」
「Why?何故だ?」
真剣な表情でそう言ってきた彰吾。だが、政宗にはその意味が分からなかった。
「彰吾!オレは絶対着ねぇからな!女物の服なんて」
政宗から貰った着物を腕に抱き、遊士は拒絶の声を上げた。
彰吾の真剣さには何かあるのだろう、と政宗は思い、今にも喧嘩を始めそうな遊士を政宗は上から下までジックリと眺めた。
短く整えられた薄茶の髪に、今は鋭く細められた切れ長の茶色の瞳。
袖が邪魔にならないよう襷掛けをした袖からは、男にしては細くきめ細かい白い肌が覗いている。
パッと見と乱暴な言葉遣いから男だと思っていたが、こりゃちげぇなと政宗は認識し直し、言った。
「ah〜、Was it you girl?」(アンタ女の子だったのか)
政宗の言葉に遊士はピクッと肩を揺らして答える。
「そうだよ。オレが女だと何か問題でもある?」
「遊士様!これからお世話になる方に対して何という口の聞き方を…!」
挑発的な瞳が真っ直ぐ政宗へと向けられる。
―伊達家当主が貴女のような女などと、相応しくない!
遊士の頭の中で、幾度となく自分に浴びせられた言葉の数々が蘇る。
ふと陰りを帯びた瞳に思うところもあったが政宗は気付かない振りをした。
「No problem。性別がどうだろうとお前はお前だ。そうだろ?」
過去の幻影を消し去るような鋭い眼差しと力強い声音。弧を描いた唇からもたらされた台詞はあまりにも当然で、けれど遊士が今まで意地を張り忘れさっていたモノ。
遊士は軽く目を見開き、その言葉を自身に言い聞かせるように繰り返した。
「―っ、そうだ。オレはオレだ」
ほんの僅か、見間違えかと思う程の瞬きの間、遊士の顔が泣きそうに歪んだ。
それに気付いたのは観察眼に優れている政宗のみ。
「政宗。着替えるから隣の部屋貸して」
「OK。一人で着れるか?」
大丈夫だ、と頷き返した遊士が隣の部屋に消え、政宗は部屋に残された彰吾に向き直った。
「彰吾。お前等に何があったのか知らねぇが今は遊士の好きなようにさせてやれ」
「…はい」
政宗にまでそう言われてしまっては彰吾も仕方がないと頷いた。
そして、彰吾を残し部屋を出た政宗は前から小十郎が近づいてきていることに気付いた。
「政宗様。準備が整いました」
「OK。成実と綱元、それから喜多を呼んでおけ。アイツ等には話しておかなきゃならねぇからな」
「姉上もですか?」
伊達三傑と呼ばれる政宗が最も信頼を寄せている家臣、成実と綱元が呼ばれるのは解るが何故喜多まで、と小十郎は不思議に思った。
「Yes.実はな…」
そんな会話が交わされているとは知らない遊士と彰吾は着替え終わると大人しく同じ部屋で待っていた。
「遊士様。先程は…」
「Stop!謝るな。さっきはオレが悪かった。どうやら自分で思ってた程冷静じゃなかったみたいだ」
混乱してた、とすまなそうに首を横に振って遊士は言った。
「いいえ。俺も少し言い過ぎました。ここには分家の方々もいませんし、何より政宗様が言われた通り貴女は貴女です」
そんな当然の事を教えられるとは俺もまだまだでした。
と、二人は互いに非を認め顔を見合わせ苦笑した。
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