07


短刀から迸った蒼白い雷撃は鉄格子を吹き飛ばし、続き間となっていた座敷の襖や調度品、様々なものを破壊して一直線に部屋の中を走り抜けて行く。そして、それは凄まじい破砕音を撒き散らしながら廊下まで飛び出し、城全体をぐらぐらと揺らした。
全く隠れる気のない派手な脱出劇に佐助は諦めたような表情を浮かべ、梁の上から遊士の隣へと降り立つ。

「hum…、短刀だと力の加減がいまいちだな」

「えっ?今の加減しようとしたの?」

「あぁ。向こう側の城壁まで吹っ飛ばしてやろうかと思ったんだが、失敗した」

「加減ってそっち!?」

何を驚く必要があるのか、遊士は驚愕する佐助を尻目に短刀を握り直すと、行くぞと声を掛け、走り出す。チリチリに焼けた畳を踏み締め、まずは座敷牢から脱け出した。

「で、オレの刀は何処だ?」

すぐさま隣に追い付いてきた佐助に、周囲を警戒しながら遊士は訊く。
その問に佐助は遊士の一歩前に走り出ると、こっちだと先行して道案内を始めた。脱出時の爆発音を聞き付け、集まりだした豊臣の兵達を迎え撃ちながら二人は城内を走り続ける。

「ぞろぞろと埒があかねぇな」

「それは仕方ないでしょ。あんだけ派手に牢をぶち破れば…」

やがて、遊士が幽閉されていた座敷牢から二階層分下に下りた所で、城内の奥へと踏み入って行く様に佐助が進路を変えた。

「今さらだが、もしかしなくても此処は大阪城内か?」

「そ、敵の本拠地。だから、行動はなるべく慎んで…」

「城内の地図は頭に入ってんのか?」

「人の話を聞かないなぁ…。まぁ、大まかには入ってるけど」

また一人、向かってくる敵兵を斬り捨て遊士は佐助の後を追う。
段々と相手取る豊臣の兵の質が良くなってきていた。迫り来る刃を短刀で退け、遊士は後どれくらいで着くのかと佐助の背中に向かって声を上げる。

「流石に得物が短刀だけじゃ、長くはもたねぇぞ」

「もうすぐだから踏ん張ってくれ、旦那」

それから二人は幾つかの角を曲がり、途中で豊臣の兵士達を撒く為に佐助が煙幕弾を炸裂させた。運が良いのかは分からないが、この騒動の間に秀吉や半兵衛が姿を現すことはなかった。

「ここか…?」

ようやく目的の場所に辿り着いたのか佐助が足を止める。

「豊臣の宝物庫らしい」

他の部屋とは扉からして違う、鉄で出来た頑丈な扉。その扉の前に立った佐助が右手の甲でコンコンと扉を叩き、同じく足を止めた遊士を見て言う。

「敵サンはご丁寧にアンタの刀を宝物庫にしまわせた」

「雑に扱われるよりはマシだが…」

遊士の視線が宝物庫の扉、閂に付けられた鎖と南京錠に向けられる。
自然とその視線を追った佐助の目も扉に付けられた鍵で止まった。

「壊すか」

「俺様が開けるから!」

ポツリと溢された即断即決の言葉に慌てて佐助は言葉を被せる。

「何で遊士の旦那はそんな過激派思想なのさ。使えるものがあるんだから使おうよ」

その使えるものは佐助自身を指すのか遊士は肩を竦めた。

「つい癖でな。……借りを作りたくねぇんだ」

「そんなこと言ってる場合?」

ガチャガチャと佐助が鍵を弄っている間にも、何とか追い付いてきた豊臣の兵士達が抜刀した刀を手に遊士達を囲み出す。それを遊士は短刀に纏わせた雷撃で牽制しつつ、佐助が扉を開けるのを待った。

「っし、開いた!」

扉を半分開け放った佐助は遊士と位置を交代する形で遊撃として前に進み出る。
刀は自分で探してもらわなければならない。普段、佐助が見慣れている幸村の武器であれば話は別だが。
背後を佐助に任せるという、何とも形容しがたい感覚を覚えつつ遊士は宝物庫の中に足を踏み入れた。

明かり取り用の窓は天井近くに一つあるだけで宝物庫の中は薄暗かった。
遊士はさっさと目的の刀だけ見つけて退散しようと宝物庫の中に鋭い視線を走らせる。
有名な茶人の名が刻まれた木箱に、無造作に置かれた巻物。たとう紙に包まれた反物に、布の掛けられた鏡台。奥の方には古そうな鎧兜まであり、あまり整頓されているとは言い難い惨状の宝物庫内の様子に遊士は瞳を細めた。
これならばあまり奥の方には置かれていないだろうと、足の踏み場のない奥から手前に視線を戻す。再び周囲に視線を走らせた遊士は宝物庫を入って左手側の壁に沿うように設置されていた書棚の所で目を止めた。書棚の横、その影に隠れるようにして、壁へと立て掛けられた愛刀を発見した。

すぐさま遊士は書棚の前に積まれていた木箱を押し退け、巻物の束を崩しながら愛刀に手を伸ばす。

「間違いない」

手元に戻ってきた刀の感触を確かめ、鞘から僅かに刀身を引き抜く。

「この戦が終わったら手入れしないとな」

刀の状態を確かめた後、刀身を鞘に納め、腰の左側に結わえる。

「もう一振りは彰吾の元にあるのか?」

ざっと見た限りだが、この場にはこの一振りしか見当たらない。
秀吉との戦いで二振りの刀を手放してしまったことは覚えている。一振りは半兵衛が手にし、もう一振りは地面に転がっていたはずだ。

「ちょっと、遊士の旦那!見つけたならさっさと退散するよ!」

このままだと脱出が難しくなると、背中に掛けられた声に遊士は意識を切り変える。
そうだ、今は悠長に考え事をしている場合ではない。一振りでも刀が手元に戻ってきたなら、次はここを脱出して政宗達と合流しなければ。彰吾にも自分の無事な姿を見せなくては、彰吾のことだから自分を責めているかも知れない。

生真面目すぎる腹心の別れ際の顔を思い出し、遊士は身を翻そうとした。その時、視界の片隅でキラリと何かが光った。

「……?」

一瞬の瞬きではあったが、それに気付いた遊士は光の元に誘われるようにして、無意識にその光に手を伸ばしていた。
どうやら書棚の前に積み重ねられていた木箱の蓋が、遊士が押し退けた際にずれて開いてしまったらしい。

木箱の中には掌に納まるサイズの蒼い勾玉に、その両側に小さな硝子玉を数個連ねて作られた首飾りが納められていた。

「遊士の旦那!」

無意識にその首飾りを手にしていた遊士は再び掛けられた佐助の声にハッと我に返るも、その首飾りを何故か手放せずに、己の懐にしまった。
そして、今度こそ宝物庫から飛び出し、手元に戻った愛刀の鯉口を切る。

「退け、猿飛!」

瞬時に蒼白い光を纏わせた刀身を横一閃に走らせ、廊下を塞いでいた豊臣の兵士達を紙の如く吹き飛ばす。
囲いが破れたことで開けた視界に、更に佐助が大型手裏剣を投げ付け、道を確保する。

「真田の旦那達もここへ向かってるはずだ」

まずは一度、大阪城から離脱すると続けられた言葉に遊士は頷き返す。
再び佐助が先導する様に走り出し、すぐさま遊士もその後に続いた。


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