秘密の華


それは息抜きを兼ねて二人で城下へ下りた時の事。

「遊士?」

「………」

「何か欲しいものでも見つけたか?」

「いや、何でもない」

ふいと視線を外し、帰ろうぜと笑った遊士の見ていた先には何の変哲もない小間物屋があるだけだった。



-秘密の華-



それから数日。

城門で待ち合わせをした政宗と遊士は再び城下へと来ていた。

共に着流しと、腰にひと振りの刀。いつもと変わらない格好で遊士は政宗の隣を歩く。

「で、今日はどこ行くんだ?」

城下に行くぞと誘われて頷いた遊士は政宗が何処へ連れて行ってくれるのかちょっとだけ期待しながら聞いた。

「ah-、着けば分かる」

それに政宗はふと楽しげに笑うだけで教えてはくれない。

「そう言われると益々気になるんだけど」

「悪いようにはしねぇさ」

くしゃりと、隣から伸びてきた手が遊士の髪を優しく撫でた。

「ちょっ…政宗!」

「ほら、着いたぜ」

「え?呉服屋…?着物でも買うのか政宗?」

「あぁ、お前のな」

オレの?と遊士はいきなりの事に驚きながら、迷い無く店に入っていく政宗の背を慌てて追った。

「これはこれは伊達様」

「頼んでおいた物は出来上がってるか?」

「はい。少々お待ち下さい」

呉服屋の主人と思われる年若い男性と政宗のやりとりを遊士は店の中を見回しながら聞く。

城下には何度も足を運んだ事はあるが、呉服屋に入ったのは初めてだ。

色、柄、共に様々な種類の反物が並べられ、遊士の視線は綺麗に染められた反物に奪われる。

政宗はそんな遊士の姿に口元を緩めた。

「お待たせしました。こちらで御座います」

店主の手には白い紙に包まれた着物があり、紙を捲れば下から鮮やかな青が見える。

「遊士」

「ん?」

反物に気を取られていた遊士は呼ばれて政宗の方に意識を戻した。

「その着物、コイツに着せてやってくれ」

店主は遊士を見て少しばかり驚いた様な顔をしたがすぐ笑顔になると畏まりました、と頷き店の奥へと声をかける。

「着替えるって、…持って帰ればいいだろ?」

「それだと箪笥の肥やしになりかねねぇからな」

それに、と続く言葉は奥から出てきた店主の妻に声をかけられて途切れた。

「伊達様のお連れ様。着付けは私めがさせて頂きますので。さ、どうぞ中へお上がり下さいませ」

「いや、オレは…」

「行ってこい。お前の為に仕立てた着物だ。お前が着ないでどうする」

軽く背を押され、遊士は困惑しながらも促されるまま奥へと足を進めた。

腰に携えていた刀は政宗に取り上げられ、着替えの為に着流しの帯を解かれた遊士は酷く狼狽えていた。

「その着物…」

眼前に広げられた鮮やかな青の着物。裾は青から白へと綺麗なグラデーションが施されており、桃や黄、緑、白、赤と大胆な色使いで描かれた大小様々な華が着物を更に華やかにしていた。

着物の側にはその着物に合わせて仕立てた帯も置かれ、遊士が普段身に付けている着流しとは大違いだ。

いや、そもそも、その前に用意された着物はどこからどう見ても女物で、遊士が普段着として着ている着流しは男物。

これまで女物を敬遠し、男物を着ていた遊士には些か抵抗があった。

「まさかソレに着替えろとか…」

心無しか遊士の口元が引き吊る。

「えぇ、伊達様に頼まれておりますので。きっとお似合いなりますわ」

遊士の心情など露知らず、微笑ましいと笑みを浮かべた呉服屋の妻は、遊士が胸に巻いていたサラシまでもとってしまう。

「え、ちょっ、待っ―」

「まずは此方ですね。右腕から通してもらえますか?」

「…ぅ……はい」

さすがに嫌だと暴れるワケにもいかず遊士は珍しくされるがまま。

だって、オレがここで抵抗して政宗の評判を落とすわけにはいかねぇだろ?

「後で軽くお化粧も致しましょう」

「えっ!?化粧は…ちょっと」

「では、紅だけでも」

「………」

にっこりと期待に満ちた目で圧され、遊士はたじろぎ小さく頷き返してしまった。



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