夏の音


濡れた葉がきらきらと光を反射して輝く。遊士はいつになく優しげに表情を緩めて、その足を進めた。

「この辺は涼しいな…」

淡い藍色の着流しに、青海色の羽織。腰には愛刀では無く、いつもより少し細めの護身刀。

さくさくと草を踏みしめる遊士の後に続く者はない。

先日、遠駆けに出掛けた際見つけた小道を遊士は散策がてら歩いていた。

夜が明けたばかりの陽射しは、夏らしく降り注ごうと準備をしている。

頭上を覆う葉の間から光が射し込んで来るが、葉の落とす影に入ってしまえば程よい涼しさが遊士を包み込んだ。

「こんな良い場所があったとは」

遊士はふと足を止め、辺りを見回す。

木々に視界を遮られてはいるが、森という程緑が深いわけでも無く、どちらかと言えば小さな林。

それも城からは徒歩で来られる距離にあった。

新たな発見に遊士は気分良く、一つ口笛を吹く。

「この道は何処に繋がってんだろな」

もはや散策と言うよりは冒険心に近い心を抱き、遊士は更に足を進めた。

「…おっ、もしかして」

始めにさらさらと水の音が耳に届き、視界から木が消える。小さい林を抜けた先には幅は狭いが緩やかな川が流れていた。

「へぇ、知らなかったな。…ん?」

透き通った川の側に立ち、眩しさに瞳を細めて上流から下流へと目を向けた遊士は川の中にある物に気付いた。

それは、流されぬよう川辺に固定され、そこから伸びる網が川の中へと沈んでいる。

遊士はその側へ寄ると、膝を折って川の中を覗き込んだ。

「あ…西瓜(スイカ)?誰かが冷やしてるのか?」

一体誰が、と遊士が首を傾げていれば背後で草を踏む音がし、聞き慣れた声がかけられる。

「遊士様…?」

振り返った遊士の視界に、野良着姿の小十郎が写った。

「おはよ、小十郎さん。もしかしてこの西瓜は小十郎さんが?」

遊士がしゃがみこんだまま小十郎に聞けば、小十郎は挨拶を返しながら遊士の側にやって来る。

「お早う御座います。そうですが、遊士様は何故此処に?彰吾との鍛練は…」

「今日は休み。やり過ぎてもいけねぇって彰吾に言われてな」

肩を竦めて言った遊士の横に膝を付き小十郎は苦笑を浮かべた。

「それで此方へ?」

「まぁ…。そこの小道が何処に繋がってんのか気になって散策してたら此処に出たんだ」

「そうでしたか」

川の中へ腕を入れて、西瓜の入った網を小十郎が引き上げる。

網の中には立派な西瓜が二個入っていた。

oh…美味しそうだな。

「此処って小十郎さんの畑から近いの?」

「すぐそこです。そこの小道は城から畑への近道になっているのですが、何分入口が分かりにくく、たまに政宗様が使うだけで知る人は殆どおりません」

「ah―…」

確かに、入口は草が繁ってて少し分かりにくかったかもしれない。

ポタポタと水の落ちる、網に入った西瓜を右手に、小十郎は遊士に視線を投げた。

「私はこれで城に戻りますが遊士様は…」

「散策も終わったし、オレも一緒に戻るよ」

遊士は立ち上がり、小十郎の隣を並んで歩く。その視線が時折前方から不自然に反れる。

今日のおやつは西瓜か?

そんな、隣を歩く遊士の視線がちらちらと西瓜に向くのに気付いた小十郎は口元に淡い微笑を浮かべた。

「八ツ時(おやつ)にと思っておりましたが、朝餉の後にでも切りましょうか」

「……!」

低く穏やかな声音で紡がれた台詞に遊士はハッと一瞬罰の悪そうな表情を見せる。

オレそんなに見てたか?

仄かに熱を帯びた頬を陽射しのせいにして、遊士は小さくおぅとだけ応えた。







そして朝餉には西瓜の他に、畑で収穫された夏野菜がふんだんに使われた料理が並び、夏で食欲の減退する筈の遊士の箸も進んだ。

「みゃ〜」

朝餉が終わると、側で大人しくしていた白桜が鳴き、遊士の膝に擦り寄って来る。

「ん?どうした?構って欲しいのか?」

白桜の小さい体を抱き上げ、自室前の濡れ縁に移動する。

「よしよし」

ふわふわの頭を撫で、膝の上におろしてやると白桜はみゃ!と耳をピンと立てて遊士から見て右手の廊下を見つめた。

「小十郎さんだ」

近付く気配で遊士はそう判断し、そちらに顔を向ける。

「遊士様、西瓜を持って参りました」

やって来た小十郎は手にお盆を持ち、その上には均等に切られた西瓜が乗っていた。



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