いとけないきみ
「遊士様、彰吾です。起きておられますか?」
「………」
いつもならすぐに返ってくる返事がその日は珍しく返って来なかった。
昨夜は寝たのが遅かったようなので、彰吾は寝坊でもしたのかと苦笑を溢して障子を開けた。
「遊士様、失礼します」
障子を開ければ、思った通り布団には小さな山が。
彰吾は布団の山に近付き、起こす為に声をかけた。
「遊士様、朝ですよ。起きて下さい」
こうして自分が起こすのはいつ以来か。いつもは彰吾が来た時には起きているのだが。
懐かしさを覚えていれば布団の山がもそもそと動く。
「ん〜、もうあさぁ?」
「そうです。起きて下さい。今日は政宗様と…」
ぱさりと布団から顔を出した遊士の姿に彰吾は目を見開いた。
「…遊士、様?」
「ん…なんだよ?」
こしこしと目元を擦る遊士は、確かに遊士だったがその姿は…どう見ても五、六歳。髪は腰の辺りまで伸びていて、遊士の幼少時を思い起こさせる。とても十六歳には見えない。
「あれ?…しょうご?おまえでかくなったな」
ぱちぱちと瞬きをする遊士の仕草も何処と無く幼い。
「しょうご?」
おい、と固まったままの彰吾に手を伸ばし、遊士は不思議そうにひらひらと手を振った。
ばたばたと腕を動かす遊士の肩から寝間着がずり落ちそうになり、彰吾は我に返る。
「遊士様!」
「ん?」
慌てて両手を伸ばして彰吾は遊士の寝間着を抑えた。
「どうした、しょうご?おまえへんだぞ」
首を傾げた遊士は自分の異変に気付いている様子はない。むしろ…
「遊士様。つかぬことをお伺いしますが、遊士様は今年で何歳になりましたか?」
「ごさい。ほんとうにどうしたんだ、しょうご?」
眉を寄せ、心配そうに見上げてくる遊士に彰吾は珍しく、どうしたものかと頭を抱えたくなった。
「彰吾、遊士は起きたか?」
ちょうどそこへ、今日遊士と遠乗りに出掛ける約束をしていた政宗が顔を出す。
「政宗様!」
彰吾は助かったと顔を上げ、障子を開けて政宗を招き入れた。
「まさむねさま…?」
布団の上では遊士が目を瞬き、室内に入ってきた政宗をジッと見つめていた。
「遊士は?」
「それが…」
室内に入って来た政宗に彰吾は体を横へずらして、道を開ける。
「…は?」
政宗は視界に飛び込んできたその光景に目を見開いた。
「朝、俺が起こしに来た時にはすでに…」
「じゃぁ、この子供は遊士だって言うのか?」
「はい。原因は分かりませんが」
深刻そうな顔をして話す彰吾と政宗に構わず、布団の上で立ち上がった遊士は普通に着替えようと帯に手をかける。
それに慌てたのは彰吾だ。
「遊士様!?お待ち下さい!」
「なんで?」
「っ、政宗様…子供用の着物を用意して頂けないでしょうか?」
遊士は一体何に着替えようというのか。着替えもないまま脱がれても困る。
「あ、あぁ…すぐ用意させる。待ってろ」
政宗も彰吾の慌て振りに釣られ、急いで部屋を出て行った。
そして、戻ってきた政宗の後ろには小十郎と喜多がいる。
「だれ?」
政宗とは先程会った為か、他の見知らぬ二人に遊士は警戒を示した。
「遊士様、こちらは政宗様に仕えていらっしゃいます小十郎殿と喜多殿です。安心して下さい」
そんな遊士の側に膝を付き、遊士と視線を合わせて彰吾が説明する。
「…おまえがそういうならしんじる」
ほっと息を吐いて、彰吾は喜多に場所を譲った。
「さ、遊士様、着替えましょうか」
その声を背に彰吾と政宗、小十郎は一旦廊下へと出る。
「一体、原因は何なのでしょうか」
「彰吾、何か心当たりはねぇのか?いつもと違う事が何か無かったか?」
小十郎、政宗と二人の視線が彰吾に向く。
「特に…、ただ何時もより寝るのが遅かった様です。襖から灯りが漏れてましたので」
「多分それだな。昨夜何があったが忍に調べさせておくか」
「いえ、それなら俺が調べておきますので政宗様は遊士様をお願い出来ますか?」
忍より彰吾の方が遊士の事を分かっているとの判断で政宗はその言葉に頷き返した。
「政宗様、遊士様のお着替え終わりました」
静かに障子が開けられ、廊下で立ち話をしていた三人に喜多の声がかかる。
「これは…」
「oh、可愛いじゃねぇか」
「またこの様なお姿が見られるとは…」
中の遊士は子供用の、女物の着物を身に付けており、腰まであった髪は頭上に綺麗に結い上げられていた。その姿は政宗達の知る少年の様な遊士とは違い、何処から見ても立派な姫君だった。
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