06


その時になって身体から痛みが消えていることに気付く。

「これは…」

皹の入った防具に右手で触れ、身体のあちこちを確認するように動かしてふっと小さく息を吐く。

「…ありがとうございます、母上」

どういう理屈かは分からないが、柚葉が治してくれたのだろうと遊士は不思議とそう納得してしまえた。
万全な体調に戻った遊士は窓も無い座敷牢の中をぐるりと見回し、再度手元に愛刀が無いことを確認すると三方を囲む壁に近より壁を調べ始めた。

軽く手甲で叩いて音の響き具合や厚さを測る。

「壁を壊して脱出…は、無理か。外の様子も分からねぇしな」

足元に敷き詰められた畳を睨み、最後に一面だけ鉄格子の場所に足を進める。冷たい金属の棒に指を絡めて、鉄格子の外を見据えた。

その先に、炎の揺らめく燭台。文机と半紙に硯、筆と紐の解かれた巻物。嫌に生活感が漂うものが見てとれたが遊士はそんなことよりも蝋燭に灯された火をジッと見つめた。

「炎が奥からこちらへ揺れてる。とすると…出口はやっぱり鉄格子の向こうか」

腕を組み、呟きながら何気なく天井へ目を向けた遊士は次の瞬間目を見開いた。

「おま…っ」

飛び上がるにしては高過ぎて登れない梁の上に、見知った人間が。それも気配を殺し、闇に紛れるようにしてこちらを見下ろしていた。
バチリと絡んだ視線に相手は気まずそうにポリポリと指先で頬を掻いた。

「あちゃー、見つかっちゃったか。遊士の旦那鋭すぎ」

偶然気付いたようなものだったが遊士は言葉を飲んで平然と言い返す。

「猿飛、何でお前がここに」

「真田の旦那の命令でね」

拐われた遊士の旦那の見張り。

降りて来る気配の無い佐助の態度と言葉に遊士はふむと思考を巡らす。そして鋭い眼差しを佐助に投げた。

「お前、オレの刀が何処にあるか知ってるか?」

「刀?あぁ、まぁ。…俺様に助けてくれとは言わないんだね」

見下ろしてくる目に遊士は口端を吊り上げ不遜な態度で切り返す。

「動けねぇ癖に誰が頼るか。お前がオレの無駄話に付き合ってる時点でまだ動けねぇってことだろ」

いくら真田の命令とはいえ、お前が脱出の好機を見逃すはずがない。だから今はまだ動けない。

「ふへー。さっすが…竜の旦那の子」

「……なに?」

「そうでしょ、竜のお嬢?」

見下ろす眼差しも、その表情さえも鋭さを帯び遊士へと突き付けられた。

「俺様今の話聞いちゃったんだよねぇ。どういうからくりか、アンタの側にいた女はどろんと消えちゃったけど」

「オレが政宗の子?そんなわけねぇだろ」

「へぇ…否定するんだ?」

即座に切り返した遊士に佐助は疑惑の目を向ける。疚しさも何も無いという口調で遊士はきっぱりと言い返した。

「確かに政宗はオレの憧れで父上の様な存在だ。だけどオレの父上は唯一人」

ぐっと深みを増した声色に遊士は尊敬の意を込めてその名を口にした。

「伊達 貴政、唯一人だ。それ以外にはいない」

佐助の言う竜の子の意味はきちんと理解していたが遊士はあえてそう答えた。
政宗の血を受け継いでいることは事実だが、遊士は自分は貴政の娘だということに誇りを持っている。だから、政宗の子と言われて遊士が否定しないわけがなかった。

「ふぅん、こっちは否定して竜のお嬢ってのは否定しなくていいわけ?」

尚も見下ろしてくる佐助に遊士は不快さを隠さず言い放つ。

「性別の話をしてんならオレは一度だって自分のことを男だって言った覚えはねぇぜ」

フンと睨むように見上げた目は嘘を吐いてはいない。
これまでの遊士の言動を思い返していた佐助は次に告げられた台詞にハッと我に返る。

「情報収集も結構だがな、今必要なのはどうやってここから脱出するかと豊臣を倒すことじゃないのか」

「………」

「オレはただ待つだけの囚われのお姫様にだけはなりたくねぇからな」

佐助から視線を外した遊士は上体に付けていた防具を少し緩めると、その隙間から懐へ手を突っ込む。それを目にして佐助はぎょっとし、言葉を発した。

「ちょっ、女の子が何してんの!」

冷たい眼差しを向けてきたとも思えぬほど慌てる佐助を無視して遊士は懐に入れていたものを取り出す。

短い木製の柄には伊達の紋。
スッと鞘から引き抜けば洗練された銀の輝き。

「っ、短刀…?」

「身体検査も無しとは嘗められたもんだよな。まぁお陰で助かったけど」

ニヤリと笑った遊士に佐助は乾いた笑い声を漏らす。

「…遊士の旦那怖いわ。それに普通瀕死の人間がたった数刻でケロリと復活したりしないから」

動けない状態だったからこそ刀は奪っても身体検査はしなかったということか。

遊士はふむと頷き、防具をキツく締め直して再度佐助に問い掛けた。

「お前、オレの刀の在処(ありか)知ってるって言ったよな?」

「あぁ…うん」

「なら、案内しろ」

佐助の了解が出る前に遊士の手に握られた短刀がパリッと青白く放電する。

「って、その前に作戦とかないわけ!?」

「座敷牢から脱出。刀を取り戻す。政宗達と合流。他は臨機応変でどうにかする」

「えー、それ作戦じゃないよね!?」

「出来るだろ?未来じゃ有名な猿飛 佐助。その名に恥じぬ働き振り期待してるぜっ」

遊士の身を取り巻くように淡い光が現れ、鉄格子に向けて構えた短刀を遊士は突き出した。



[ 99 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -