04
話を聞き終えた政宗は厳しい眼差しで彰吾を見る。
「竹中の言う巫女の話、俺は聞いたこともねぇが…」
「某も初めて聞く話に御座る」
「え?そうなの。俺はあるよ」
緊張感を孕んだ空気をその声が意図も容易く突き崩した。
「それは真で御座るか前田殿!」
視線が発言者である慶次に集中する。
「いや、割りと一時期有名だったからさ。何でも百発百中で言い当てちゃう巫女さんだろ?けどいつだったか魔王サンの不興を買って殺されたとか。元親も知らない?」
「知らねぇなぁ。何せ火急の用がなければあんまり国から出ねぇし、ほとんどが海の上だ」
慶次から話を振られた元親も聞いたこともねぇと首を横に振る。ただ一人、その話を知っていた慶次は怪我の手当てを手伝う手を止め、思い出すように続けて言った。
「こっちは風の噂で聞いた話だけど、確か…その巫女さんは殺されたけど娘さんは助かったとか。魔王サンに殺される前日、娘さんだけ奥州に逃されたらしいって聞いたなぁ」
「奥州に…?」
その言葉に政宗と小十郎は眉を寄せる。怪我の手当てをされていた彰吾はもたらされた情報に息を呑んだ。
「まさか…」
そして、動揺したような声音で呟く。
半兵衛の話を聞いて彰吾の頭の中にちらついていた符号が今、一致しようとしていた。
「どうした?」
怪我の手当てをしていた小十郎は落とされた小さな呟きを拾い、彰吾へ目を向ける。
だが、慶次を見つめたまま言葉を途切れさせた彰吾に小十郎へ答える余裕はない。彰吾の顔色は怪我のせいばかりでなく、青ざめていた。
「彰吾?」
怪訝そうな顔をする小十郎には答えず、彰吾は慶次に向けて揺れる感情を圧し殺したように低い声を投げる。
「慶次殿…、その巫女の娘の名は何と?」
「え?あぁ…っと、確か…ゆ、ゆ…ゆず…?」
腕組みをし、慶次は何とか思い出そうと過去の記憶を掘り起こす。そこへ、問い掛けた彰吾が口を挟んだ。
「もしや…柚葉では?」
「あっ!そうそう、ゆずは!確かそんな名だった!って、あれ?知ってるのかい?」
今度は皆の視線が彰吾に移る。完全に一致した符号に彰吾はポツリと声をもらした。
「…奥方、様」
彰吾の口から零れた呼称に慶次と元親、幸村は首を傾げる。政宗と小十郎はその意味に気付き、小十郎が彰吾へ聞き返した。
「奥方様ってのはまさか、遊士様の母君のことか?」
「……はい。名を柚葉様と」
「どういうことだ?」
何故、ここで遊士の母の名が出てくるのか。
疑問を口に出してはみたものの、その答えは一つしか浮かばなかった。
話についてこれない三人を他所に彰吾は瞼を閉ざし、もはや事実に近い確信を持ちながらその言葉を口にする。
「柚葉様は元より此方の生まれだったのかもしれません」
「しかし…」
否定しようとする小十郎に首を横に振り、彰吾は自分の知る限りのことを続けて言った。
「柚葉様は…奥方様は生まれが不明なのです。出生地、身分、何もかも」
それ故に奥方様の伊達家入りは、分家からの強い反感を買うことになったのだが、これはまた別の話。
「殿が奥方様を見初められた時、奥方様は奥州の寺社にて巫女をしておられました」
「………」
偶然にしては重なり過ぎた事象に政宗も小十郎も口を閉ざす。
そして、その場で一緒に話を聞いていた慶次があっけらかんと結論を口に出した。
「そちらさんの詳しい事情はよく分からないけど、ようはその遊士って人の母親が巫女さんの娘さんだったってことだろ?」
「なんと、遊士殿の御母堂が…」
竹中の推察は間違っていなかった。むしろ正確に的を得ていたのだった。
「するってぇと何か、アンタの家臣もその先読みとかいうやつが出来るのか?だから奴さんに拐われたんだろ?」
ふと沸いた疑問に元親が首を傾げる。
話をしながら手当てを終えた彰吾は陣羽織を着直して首を横に振った。
「…先のことなど誰にも分からない。もし分かっていたなら俺は俺の全力を持って遊士様をお止めしていた」
後悔の滲む声音に元親はあぁ、そうだなと納得したように頷く。
「先が読めてりゃ、わざわざ捕まったりはしねぇか」
「はい。…それで、政宗様にお願いしたき儀が御座います」
手当てをしたとはいえ痛みが無くなったわけではない。彰吾は腰の傷を庇いながら地面に膝をついた。
「どうか、遊士様を…」
「頼まれるまでもねぇ。遊士はうちのもんだ。必ず助ける」
政宗の力強い声に彰吾は深く頭を下げる。
「某も全力で協力致す!」
「そういうことなら俺も協力するよ」
「まっ、向かう先は同じだしな」
幸村に続き慶次と元親が言う。
頭を上げた彰吾に小十郎が右手を差し出した。
「立て、彰吾。遊士様を助けに行くんだろう」
「はい」
遊士が連れ去られた先は摂津。豊臣 秀吉が本拠地を置く大阪城だ。
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