02


しかし、得物は手の中になく。見た目よりも素早く反撃に転じた秀吉の拳が、後方へと跳んだ遊士の無防備な腹へと打ち込まれた。

「がはっ…っ…っ」

勢いを殺せぬまま地面に叩き付けられ、遊士は地面の上を転がる。

「ぐっ…はっ…」

やべぇ、二本逝ったか…?

防具で防ぎきれなかった衝撃に、胸のどこかの骨が折れたらしい。
鋭く走った痛みに遊士は顔を歪ませ、力の入らない体に悪態を吐いた。

「…shitっ!」

直ぐ側まで近付いてきた秀吉を睨み上げれば、伸びてきた手に胸ぐらを掴まれ、強い力で再び宙へと吊り上げられる。力の入らぬ両腕がだらりと落ちた。

「……っ」

技を磨けども、結局力では勝てない…思い知らされたその差に、遊士はぎりりと唇を噛む。

(けど、活路は必ずある…)

だが遊士はまだ諦めたわけではなかった。

ぐったりと頭を下げ、心の内までは見通させぬその態度に、漸く身の程を知ったかと秀吉は受けとり、遊士を一瞥した後、傍らで彰吾と戦い続けている半兵衛へ声を投げた。

「半兵衛。こちらは終わった。いつまで遊んでいるつもりだ」

「あぁ、すまない秀吉。こっちもすぐに終わらせるよ」

彰吾へと視線を戻した半兵衛は関節剣を胸の前で構え、先程の問いに対する答えを口に上らせた。

「非現実的なものに頼るつもりはないが、先読みの巫女を君たちの元に置いておくと都合が悪いんだ」

もっとも彼は男性だから巫女と呼ぶには相応しくないけれど。

告げられた言葉に彰吾は目を見開き、掠れた声を溢す。

「先読みの巫女、だと?何を馬鹿な…」

しかし半兵衛は彰吾の様子など気にせず、いたって真面目な表情で続けた。

「君が認めようが認めまいが確認はとれている。…松永 久秀が欲した六(りゅう)の刀」

半兵衛は関節剣の刃先を下に向けると秀吉の側に寄り、足元に落ちていた遊士の刀を左手で拾い上げる。

「彼の目利きは正しかった。もっとも、彼は六の刀が二組あると知り、欲を出して失敗したが…」

「っ、遊士様の刀に触れるな!」

刀は武士にとって命にも等しい物。特に遊士はその刀を、皇龍を大切にしていた。

伊達家当主としての証だというのはもちろんのこと、その刀には先代貴政の想いが込められている。十三という歳で重荷を背負わなくてはならなくなった遊士に向けて、貴政は遊士に皇龍と共に一つの言葉を送った。

“お前はお前の信じる道を行け”

神聖な儀式にも似たその光景を彰吾もまた父、総司と一緒に見守っていた。

遊士の持つ刀は、遊士自身の行く道を切り開く為の刃でもあるのだ。

「それはっ、お前が触れて良いものじゃない!」

微量の血が付いた刀身を検分する様に裏返したりしている半兵衛に向けて彰吾は鋭く言い放つ。

「…そうだね」

検分を終えたのか、皇龍から視線を外した半兵衛は紫の双鉾をすと細め、わざと意味を違えて答えた。

「この刀は本来僕が触れることの出来ない物だ。…そう、時を越えない限りは」

紡がれたその台詞に今度は冷静さを持って彰吾は返す。動揺一つ、表情一つ変えず半兵衛と対峙する。

「時を越えるなど…何の冗談を。夢物語だ」

「それがそうでもない、と言ったら?」

鎌掛けか、言葉巧みに翻弄しようとする半兵衛に彰吾は相手をしてられないと刀を構え隙を伺う。
今は半兵衛と言葉遊びをしている場合ではない。
遊士を助けることが先決だ。

「言ったろう。君が認めようが認めまいが確認はとれた。この刀はこの世に一つしかないはずの政宗君の六の刀と同一の物。そして…」

彰吾の思考を読み、半兵衛は微塵も隙を見せず、尚も言葉を重ねる。

「政宗君が勢いを増した辺りから登場し始めた竜の隠し爪。調べれば遊士君は政宗君の遠縁だというじゃないか。けれど…、それまで一切誰もその姿を表舞台で見たことが無い。おかしくはないかい?これほど有名な人間を何故誰も知らないのか」

「………」

「調べを進めれば、ある日を境にして彼のその日以前の過去がまるで存在しないことが分かったよ。興味深いことにね」

「…それがなんだ。俺はお前の戯れ言に付き合うほど暇じゃない」

どこまで調べたのか、半兵衛の情報収集能力には目を見張るものがある。
まして、そこまで詮索されているとは露程にも思わなかった。それほどに半兵衛にとって先読みの巫女というのは大事な鍵なのだろうか。

「あれはもう何年も前、それこそ僕が物心付くか付かないかの頃。小さな村である事件が起きた。神に仕えていた一人の巫女が突如姿を消し、戻ってきた」

頭の中にちらつく嫌な符合を振り払うように、彰吾は痛む腰を庇いながらパリパリと刀に雷を纏わせる。

「そう、戻ってきた巫女はその時より先に起こりうる事象、事件全てを言い当てた。まるで先を見て来たかの様に…。ここまで言えば分かるだろう?」

「………」

「…っは、ンな不確かなものにすがるようじゃ豊臣も終いだな!」

押し黙った彰吾の変わりに、それまで身動ぎすらしなかった遊士が苦しい息のもと吐き捨てる様に言い放った。

「遊士様!」

「ほぅ、まだ囀ずる元気があったか」

顔を上げた遊士は見下ろしてくる秀吉と睨み合い、半兵衛に向けて言う。

「例えオレが先の世から来てたとしても、豊臣が天下を掴むことはねぇ!後にも、先にもなっ!」

ぎりっと力の入った秀吉の手に、遊士は苦し気に胸を上下させた。



[ 95 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -