17


刀に付いた血を払い、納刀しながら政宗は振り返る。ジャラリと右手にした得物を肩に担ぎ、元親は重なった視線で先を促した。

「魔王は明智に討たれちまったし、どうするんだ?」

その問い掛けに政宗はすぐには答えず、側にいた小十郎へ言葉を投げる。

「残りの兵力は?」

「はっ。明智軍との戦で僅かに負傷者は出ましたが、織田との戦をほぼ回避出来たため予想より多く残っております」

「そうか」

ならば、と続く筈の言葉は慌ただしくなった外の空気に呑み込まれる。
出入り口の一番近くに立っていた慶次が何事かと外を覗き込んだのと同時に、外で待たせていた兵士の一人が血相を変えて飛び込んできた。

「ひっ、筆頭ー!片倉様ー!た、…大変です!いっ、今、真田 幸村が来て…っ!」

全速力で駆けてきたのか息を切らせ、ぜぇぜぇ言いながら言葉を紡ぐ兵士に小十郎が鋭い眼差しを向け、落ち着きを払った低い声で聞き返す。

「真田がどうした?」

すると日頃の訓練の賜物か、呼吸を乱していた兵士はぴしりと背筋を伸ばし大きく息を吸うと、すらすらと報告を始めた。

「はっ!それが、たった今真田 幸村が気を失った彰吾様を連れて騎馬でこちらに」

真田が駆け付けたことは驚くべきことじゃない。更に問いを重ね様とした小十郎を制し、政宗が口を開く。

「遊士はどうした?」

「はっ、それが…どこにも姿は見当たらず。真田が筆頭か片倉様を、と」

彰吾と遊士の事を知らぬ元親と慶次が首を傾げるのも構わず、政宗はすぐに向かうと返して歩き出す。

小十郎も真剣な表情を浮かべ、その後を追従した。

崩れ落ちた内壁や炭と化した木材がしゅうしゅうと煙を燻らせる中、足元に転がる残骸を避け、政宗と小十郎は知らせに来た兵を先頭に足早に廊を抜ける。

「なぁ、遊士と彰吾って誰だい?」

急ぐ二人の背に向けて、慶次にしては珍しく控えめに声をかけた。
元親も興味を引かれたのか黙ってそのやりとりを眺めている。

「遊士は俺の縁者で、彰吾は遊士の臣下だ」

「へぇ〜、今まで色んな所巡ってきたけどそれは初耳だな。まだまだ俺の知らないことがあるってことか」

うんうんと背後で頷く慶次には目もくれず、手短に答えた政宗は近付いた外へと続く回廊に瞳を細めた。

その先から射し込む白けた光が、夜が明けたことを知らせている。
思ったよりも時間をとられていたらしい。

「…政宗様。焦る気持ちはこの小十郎とて同じ。しかし今暫くは冷静に」

思わず悪態を吐きそうになった政宗は、その心情を読んでいたかの如く告げられた言葉に息を吐くだけにとどめた。

「分かってる。まずは真田から話を聞き出す」

聞く、ではなく聞き出すという言い回しが政宗の気性を如実に表していた。

やがて本能寺の外で待機させていた兵士達のざわつく声が聞こえてくる。

「あっ、筆頭!」

「アニキー!」

建物の外に出た面々はそれぞれの兵士から出迎えられた。

「政宗殿!」

その中で一際目を引いたのは、近くの木の根元に堅く目を閉ざした彰吾を座らせ、声を上げた赤い青年。槍を背に背負った真田 幸村だった。

今にも駆け寄って来そうな雰囲気の幸村をその場に留め、政宗はその後ろで顔色を悪くしている、遊士に託した自軍の兵を確認する。そして、覚えた違和感に政宗は僅かに眉を寄せた。

「的中したか…」

口の中で呟かれた言葉は誰にも聞かれる事はなく、政宗は真っ直ぐ幸村の元に足を向ける。

当然の様に後をついて行く小十郎は普段から鋭い眼差しを更に研ぎ澄ませ、木に凭れ掛かり気を失っている彰吾へと視線を向けた。

瞬間、ぴりりと張った空気に気付いた幸村が固い声音で告げる。

「片倉殿。申し訳ござらん。彰吾殿を気絶させたのは某でござる」

「何?」

片眉を上げて、彰吾の側で膝を折った小十郎は彰吾に向けていた視線を幸村に移す。
その後方で、慶次と元親は成り行きを見守るように口を閉ざした。

「真田。何があった?順を追って話せ。…小十郎、お前は彰吾の怪我を見てやれ」

もとよりそのつもりであった小十郎は即座に頷き返し、政宗と幸村の会話に耳を傾けながら彰吾の負った怪我の程度を確認し始める。

「某が駆け付けた時には…」

小十郎と似た茶色の陣羽織は薄汚れ、鋭い刃物によるものか所々切り裂かれている。
上半身を守る為に付けた防具には罅が入り、相当な強い力、衝撃を受けたのが見てとれる。

「これは胸の骨にまでいってる可能性があるな」

そして何より一番気にかかるのは、羽織った茶色の陣羽織をも染める腰元の赤色。

斜め後ろ、もしくは背後から付けられたと思われる傷だった。



[ 92 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -