16
途端、鼻を付く鉄の錆びた臭いに木の焼ける臭い。室内へと踏み込んだ面々は目の前に飛び込んできた凄惨な光景に言葉を無くした。
「あぁ…実に美味しかったですよ、信長公。クックックックックッ…アーハッハッハッハッ!」
自身も血塗れのまま、足元に転がる躯を恍惚とした表情で見下ろし、狂ったように喜悦の声をあげる光秀が部屋の中央にはいた。
天井の一部が崩れ落ちたのか煙で霞む空から差し込む月の光が、室内を染める赤と高らかに笑う死神を淡く照らし、一種、異様な空間を作り出していた。
「うっ…」
戦場を幾度も見てきた政宗達は顔をしかめ、慶次に至ってはあまりの酷さに口許を掌で覆う。
うっとりと戦いの余韻に酔いしれこちらに気付いていない光秀に向かって政宗は堅い声を投げた。
「お前が殺ったのか?」
「おや、独眼竜、いつからそこに?…えぇ、そうですよ。信長公はこの通り私が殺しました。…私は今、最高の舞台を用意して下さった方に感謝の言葉を述べたいぐらいです。あぁ…それにしてももっとゆっくりじっくり味わいたかった…」
ふぅと残念そうに息を漏らした光秀は、血に濡れた鎌を指先で撫でながら謳うように言う。
「イカれてやがる…。おい、どうすんだ独眼竜?」
初めて見る光秀と、その奇行に元親は呻くような声を漏らした。
その声に政宗は六爪を抜いて応える。
「このCrazy野郎を野放しには出来ねぇだろ」
「次は貴方が私と踊って下さるのですか?んふふふ…」
刀を構えた政宗に光秀は冷めやらぬ熱に浮かされたまま、血の滴る手で鎌をもたげる。信長との戦いで負った傷は軽いものではない筈だが、特に光秀が痛みを感じている様子はなかった。
「政宗様、ここはこの小十郎が」
左手に握った刀を下段に構え、小十郎が政宗を仰ぐ。
「いや、二人でさっさと片付けるぞ」
「はっ」
言うと同時に政宗は地を蹴る。薙ぎ払う様に振られた鎌と六爪が音を立ててぶつかり、そこへ小十郎の研ぎ澄まされた鋭い刃が振り下ろされる。
「――っ!?」
すでに強度の限界を越えていた防具が破壊され、届いた刃が光秀の身を斬り裂く。
「ぁあっ!!」
ふらりと重心の傾いた体を、鎌をいなした六爪が容赦なく襲った。
「CRAZY STORM!」
パリパリと蒼く放電した六爪が光秀の反撃を許さず、畳み掛ける様に振り下ろされる。
「ぐふぅ…っ…!」
繰り出される斬撃に血が流れ、六爪を斬り下ろした勢いで政宗は光秀の体を崩れかけた壁面へと吹き飛ばした。
「がはっ…はっ、ぁ…」
受身もとれず背中から壁へ激突した光秀の口から空気と血が吐き出される。はらりと銀髪が舞い、光秀は崩れ落ちる様に前のめりに煤けた床へと倒れ込んだ。
不用意に手を出すこともままならず伊達主従の息の合った戦い振りを眺めていた元親がスッと右目を細め、溢す。
「…容赦ねぇな。これが噂の独眼竜、双竜か」
右手にひと振り刀を残し、それ以外の刀を鞘に納めた政宗はのろのろと床から顔を上げた光秀の鼻先に刀の切っ先を突き付ける。
優位に立とうとも一切の隙を見せない鋭い眼光が光秀を見下ろし、言う。
「これで終わりだ」
「っ、く…かはっ…。ふくっ…ククククク。終わり?始まり、ですよ?」
起き上がる力はもうないのか、顔を上げただけの光秀はそれでも肩を震わせ、愉快そうに言葉を紡ぐ。
「私が死んでも争いは終わらない。信長公が死しても、…新たな覇王が乱世を呼ぶ」
「ha、そうなる前に倒すだけだ」
「くくっ…。それでも、永遠に終わることはありません…よ。人が生きている、限り…っ、げほ…っ…」
カチャリと、突き付けられていた刀が振り上げられる。
「言いたい事はそれだけか」
首に狙いを定めた刃が冷たく光る。
「ふ、くっ、ふフフフフフ…」
「例えそれでも、人が生きてるからこそ生まれる幸せもある。てめぇにゃ分からねぇだろうがな」
ヒュッと空気を切り裂き振り下ろされた刃が、一つの戦いの幕を引いた。
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