雨の日に(子リク+鯉若+総珱)


どんよりとした曇り空から落ちる雨
屋敷の中では小さな嵐がぱたぱたと駆け回り
明るい笑顔を運ぶ―…



□雨の日に□



「わぁっ!?」

屋敷の奥へと繋がる襖が勢い良く開き、小さな体が飛び込む。それを、畳に膝を付いて待ち構えていた鯉伴が危なげなく抱き止めた。

「こぉらリクオ!屋敷の中で追いかけっこなんてしたらあぶねぇじゃねぇか!」

「ぁ…お父さん。だって外は雨だし…」

耳を澄ませばサァサァと雨粒が地面を叩く音がする。肩を掴まれ、強く叱られたリクオは肩を震わせしょんぼりと肩を落とした。
その姿に、心が揺れないこともなかったが鯉伴は心を鬼にして続けた。

「誰かにぶつかって怪我させたらどうする?リクオも痛い思いをするんだぞ」

「ぅ……」

言い聞かせる様に交わった真剣な眼差しの先で、リクオの瞳にうっすらと水の膜が張っていく。

「…泣いても駄目だ。分かったな?」

瞳を潤ませたリクオに動揺しながらも鯉伴は表情一つ変えず続ける。
リクオを抱き止めていた片手を持ち上げ、リクオの頭をぽんと軽く叩いた。

「……ん。もう部屋の中で走らない」

「良し」

そして、リクオがしっかりと頷いたのを確認してからリクオの頭を優しく撫でた。

「…へへっ」

大好きな大きな掌で頭を撫でられたリクオは泣きそうになっていたのが嘘の様ににぱっと笑う。
小さな両手を伸ばしてリクオは鯉伴の広い胸に抱き着いた。

「なんじゃ、鬼事は終いかリクオ?」

ふと近付いた気配とかけられた声に鯉伴が顔を上げれば、リクオが開け放した奥の襖からぬらりひょんがひょっこりと顔を覗かせる。

「おい、まさか親父まで参加してたわけじゃあるめぇな?」

咎めるように鯉伴が投げた鋭い問いに、思いもせず、ほんわかとした声が腕の中から返された。

「うん!次はおじいちゃんが鬼なんだよ!」

「リクオに捕まってしもうたからのぅ」

悪びれた様子もなく、からりと笑ったぬらりひょんは鯉伴の腕の中にいるリクオを手招く。

「お父さん、はなして」

「なっ、リクオ…!」

体の小ささを利用してするりと鯉伴の腕の中から抜け出したリクオはとたとたとぬらりひょんの足元に駆け寄る。

「さて、次は将棋でも指すかの?」

「しょーぎ?」

なにそれ?と、ちょこんと首を傾げたリクオにぬらりひょんの表情が緩む。
畳についていた膝を上げ、面白くなさそうに鯉伴が口を挟もうとしたその時。今度は廊下に面した障子がすすっと静かに開けられた。

「それよりも美味しいものが出来ましたよ。若菜さんがおやつにドーナツを作ってくれて、リクオも一緒に食べましょう?」

「どーなつ!うん、食べる!」

「「あ……」」

ぱぁっとこれまで以上に瞳を輝かせたリクオはあっさりと身を翻す。
物言いたげな背後の大人達には気付かず戸口に立つ珱姫の元に向かった。

「どーなつ!」

くるくると動く感情豊かな大きな瞳が珱姫を見上げてくる。その愛らしさに、珱姫は頬を緩めリクオに右手を差し出した。

「じゃぁ、行きましょうか」

「うん!」

目の前の指先を握るとリクオは早く早くと珱姫を急かす。右手を引かれたまま珱姫は室内を振り返り、そこで釈然としない表情を浮かべている二人を見てくすりと笑みを溢した。

「二人の分もちゃんとありますから来て下さいね」

「…おぅ」

「…あぁ」

何だか一番良い所を横からかっさらわれた様な、実際構っていた対象を横から持っていかれてしまったのだが、二人はなにやら虚しい気分を味わう。
互いに顔を見合わせぬらりひょんと鯉伴は一つ息を吐き出した。

「あ〜、しょうがねぇ。行くか」

がしがしと頭を掻き、鯉伴は廊下へと出る。

「そうじゃな」

その後にぬらりひょんも続き二人は大人しくリクオ達がお茶をしているであろう部屋へ足を向けた。

そこでは、若菜とリクオ、珱姫がテーブルを囲み、大皿に乗せられた揚げたてのドーナツをリクオの指示のもと小皿に取り分けていた。

「んと、これがおじいちゃんで、あれがお父さん!」

「あら、良いのよリクオ。リクオが一番大きいのを貰っても」

「そうよ」

珱姫は手を止め、若菜もリクオに視線を移して言う。けれどもリクオはふりふりと首を横に振り、二人を見上げて返した。

「ううん。だっておじいちゃんもお父さんもおっきいから!大きい人はいっぱい食べるんだよ?」

どこでそんな話を聞いたのか、リクオはにこにこと笑って続ける。

「こっちがおばあちゃんで、こっちがお母さん!それでこれが僕の!」

大きさ的にはそうと変わらないドーナツを、リクオの言う通りに分けて小皿に乗せていく。トングでリクオの分のドーナツを挟み、小皿に取り分けると珱姫は穏やかな眼差しをリクオに向けた。

「リクオは優しいのね。そんなリクオにはご褒美よ。出してもらえるかしら若菜さん」

「えぇ、今持ってきます」

ちらりと向けられた珱姫の視線に若菜が一つ頷く。若菜は一旦席を外し、台所から大皿とは別に用意していた小皿を手に戻ってきた。

「わぁ!ちょこれーとだ!」

テーブルの上に下ろされた小皿にはチョコレートでトッピングされたドーナツが三つ。その内の一つをリクオの皿に移し、残りの二つを珱姫と若菜で分ける。

「じゃぁ、食べましょうか?」

「うん!」

飲み物の用意も抜かり無く済ませた珱姫にリクオは元気良く頷き、はっとして空席になっている席と珱姫を交互に見つめた。

「あ…でも、おじいちゃんとお父さんは…?」

「なんだ、呼んだか?」

その声に、鯉伴とぬらりひょんが部屋へと姿を現す。

「お父さん!」

「ん?美味そうなドーナツだな。良かったなぁリクオ」

鯉伴は室内へ足を踏み入れるとリクオの隣に腰を下ろし、嬉しそうにこちらを見上げてくるリクオの頭をくしゃくしゃと撫でる。
その様子に目元を和ませぬらりひょんは珱姫の横へと座る。そこへタイミング良くお茶の注がれた湯飲みが置かれた。

「はい、妖様」

「おぅ」

「室内では走らないで下さいね」

「…はて、なんのことじゃ?」

にこにこと笑いながらさりげなく釘を刺してきた珱姫にぬらりひょんはヒヤリとしながら惚ける。湯気の立つ湯飲みに口を付けて小皿に視線を落とした。

「そんなことよりこれは若菜さんが作ったとか…」

「えぇ、まぁ、そんなにたいしたものじゃないんですけどね」

話を振られた若菜はリクオがドーナツの欠片を落とすのを拾ってやりながら答える。

「そうか?美味いぞ、なぁリクオ?」

「うん!どーなつ、おいしいよ」

謙遜する若菜にドーナツを一口食べた鯉伴と、もぐもぐとチョコレートドーナツを食べて口許を汚したリクオが表情を輝かせて言った。

「あらまぁ、リクオ。口許が…」

「んん?」

きょとんと瞬くリクオに若菜は箱からティッシュを二枚引き出し、それを鯉伴がくつりと笑って見る。

「口がチョコ食っちまってるぞ」

「んぅ?」

「どれ、ワシも一つ頂くとするかの」

「妖様のドーナツ、リクオが選んだんですよ」

ふふっとリクオを中心に話は広がり笑顔が溢れる。
外では降りやまぬ冷たい雨が朝からサァサァと降り続いていたが屋敷の中は温かく、明るい声と穏やかな空気に包まれる。

ドーナツを食べ終えた後リクオは若菜と珱姫に教わりながら一緒にてるてる坊主を作り始め、その様子を鯉伴とぬらりひょんが湯飲みを傾けながら温かな瞳で見守っていた。



軒先には五つのてるてる坊主。
その内一つは他より大きさが一回り小さかった…。



end



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