まどい(夜+鴆+猩影)


風が緩やかに吹き、薄雲を散らせる
闇夜に浮かぶ月が水面に揺れ、花が香る
月下のもと、今宵もまた盃を酌み交わす―…



□まどい□



カラリとその扉を開けたのは猩影だった。右手に紙袋を提げ、心持ち低くなった敷居を跨ぐ。

出迎えた番頭と軽く挨拶を交わし、家主の元へ案内してもらう。

その足は家主の自室でも仕事場でもなく、手入れの行き届いた庭を見渡せる縁側へと続く…。

「鴆様、お客人をお連れしました」

「おぉ。来たか猩影。ま、座れよ」

そこには家主である鴆が胡座をかいて座り、寛いでいた。

猩影は促されて鴆の側に腰を下ろし、手にしていた紙袋も床板の上に下ろす。ゴトンと重みのある音を立てた紙袋を鴆の前へと移動させて猩影は口を開いた。

「これ、ウチのシマで有名な酒と食べ物なんすけど、…お土産です」

「ん?」

ガサリと紙袋の中から顔を出したのは、綺麗な透明に近い瓶とビニールに入れられた粕漬けだ。

「口に合えばいいんですけど」

「おぉ、悪ぃな。なんか気を使わせちまったみてぇで。ありがたく貰っとくぜ」

「いえ…。それで三代目は…?」

「リクオの奴は遅れるそうだ。何でも宿題がどうとか言ってやがった」

宿題…。その単語に猩影はあぁ、と頷く。忘れがちだが、リクオはまだ中学生で昼間は人間として学校に通っている。

「まっその内来んだろ。先に始めてようぜ」

鴆の決定に促される形で猩影は用意されていた酒に口を付けた。

それから程無くして夜の姿のリクオが庭先から現れる。

「よぉ、もう始めちまったかい」

盃を傾け、他愛もない話をしながらつまみを摘まむ鴆と猩影の姿に、リクオは声をかけながら縁側から上がってくる。

「おいリクオ。どっから上がってきてんだ。うちの庭は玄関じゃねぇぞ」

「今更かてぇこと言うなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」

ひょいと予め用意されていた自分の盃を手に取り、リクオは肩を竦める。

「お前なぁ」

悪い気はしないがと鴆は表情に出しつつぼやいた。

「あ、俺が注ぎますよ」

そんな二人のやりとりに猩影は苦笑を浮かべながらリクオの盃に酒を注ぐ。

「おっ、さんきゅ。…で、そこにある紙袋は何だ?」

鴆の横に置かれた紙袋に気付きリクオが問えば、鴆はおぉと上機嫌に声を上げた。

「コイツは猩影が持ってきた酒とつまみだ。リクオも来たことだし開けるか」

「ほぉ、猩影が」

クィと盃を傾け、口端を吊り上げたリクオが猩影を見る。

「そんなたいしたもんじゃないっすけど」

その視線を受けて猩影は気恥ずかしい様な困った様な表情で言った。
すると、リクオは盃を口許から離し笑う。

「んなことねぇぜ。今宵の楽しみが増えたってもんだ。なぁ、鴆」

「おうよ」

呼び寄せた番頭に紙袋を手渡し、つまみとして出すよう告げてから鴆も頷く。

楽しそうに笑って言う二人に、猩影もつられて頬を緩め、そういえば…と自ら酒の肴になりそうな話を切り出した。

「土産を買ってた時の話しなんすけどね…」

「何々」

「それで?」

確とした約束をせず、ふらりと集まる三人。
手土産は酒に始まり、面白可笑しい話へと尽きることはない。
空が白み始めるまで、長い夜は続く―。



end



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