幸せのかたち(総珱+鯉若+夜昼)
目に映る優しい景色
言葉に出来ぬ想いが胸を満たし
知らずの内に口元が綻ぶ
全てが愛しい、と―…
□幸せのかたち□
カタリと二つ、縁側に湯気の立つ湯飲みが並ぶ。
「そうじゃ、確かこの間貰った菓子がまだあったのぅ」
手にしていた湯飲みを置いて、若き姿をしたぬらりひょんは思い出した様に告げた。
「あっ、それでしたら私が先日買って来たお茶も一緒にどうです?きっと合うと思いますよ」
それに、隣に座っていた珱姫がぱんと口の前で両手を合わせて言った。
「…そうじゃな。そうするかの」
「はい」
ゆるりと口端を吊り上げ笑ったぬらりひょんに、珱姫もふんわりと柔らかい笑みを溢す。
縁側に座る二人の視線の先には、池の側に立ち何やら楽しそうに話している昼のリクオと、時折相槌を打ち、話しかけてくる昼を優しげな眼差しで見つめる夜のリクオの姿が合った。
「それでね―…」
《あぁ》
その傍らで、枯れることを知らぬしだれ桜の花弁がはらはらと舞う。
お茶を用意しに席を外した珱姫を待ちながら、ぬらりひょんはその光景に瞳を細める。
ゆっくり、ゆっくりと静かに流れる時すら愛しく、そう感じる心にまた笑みが溢れた。
「リクオ」
「ん?」
《何だ?》
同じ名を持つ夜と昼を呼べば、二人はその声に揃って振り返る。
「お主らもこっちへ来て座れ。お珱が今、茶の準備をしておる」
コン、コンと、袂から取り出した火のついていない煙管でぬらりひょんは自分の隣を叩く。
それに夜と昼はそれぞれ顔を見合わせ頷き合うと、ぬらりひょんの元に足を進めた。
「そう言えばお母さんいないんだっけ」
《親父と買い物だろ》
ぬらりひょんの隣に昼が座り、昼の横に夜が腰を下ろす。
そこへタイミング良く珱姫がお盆を手に戻ってきた。
「お茶が入りましたよ。はい、妖様」
「おぉ、良い香りじゃ」
湯呑みと一緒に切り分けられた羊羮がひと切れ、小皿に乗せられて置かれる。
「はい、リクオ達にも」
珱姫はふわりと笑みを浮かべて、下ろしたお盆の上から湯呑みと、同じく羊羮の乗った小皿を二人の間に置いた。
「あれ?羊羮が一つ多いけど…」
《俺のもだ》
ぬらりひょんと珱姫にはひと切れずつ。夜と昼の小皿には何故か羊羮が二切れずつ。
不思議そうに見てきた二人に珱姫はにこにこと微笑んだまま返す。
「羊羮は頂き物ですけどとっても美味しいんですよ。ね、妖様」
「うむ、アヤツもたまには良いものを寄越すな。ん、どうした?遠慮なんとせんで食え」
「そうですよ。子供が遠慮なんてするもんじゃありませんよ」
残りの湯呑みと小皿を持って珱姫は昼とは反対側、ぬらりひょんの右隣に腰を下ろし、二人に言った。
スッと、添えられていた竹の匙で羊羮を一口サイズに切り口に運ぶ。
「んっ、美味しい!」
《あぁ。これなら俺も食える》
甘すぎず、しっとりとした瑞々しい食感。後味もさっぱりとしていて。
にこにこと羊羮を口に運ぶ昼と、頬を緩ませ羊羮を切る夜。
湯呑みに口付け、二人を横目で見ていたぬらりひょんもゆるりと口端を吊り上げた。
「…アヤツにまた持って来させるかの」
「ん…?」
その呟きを耳にして、昼が匙を右手に首を傾げる。
「こっちの話じゃ、リクオは気にせんでえぇ。ほら、気に入ったならワシのもやるぞ」
湯呑みを持つ手とは逆の手で、柔らかい昼の髪をくしゃりと撫でてぬらりひょんは笑って言う。
「えっ、良いよ。だってそれはおじいちゃんの分でしょ?僕はもう二つも貰ってるし」
頭を撫でる掌がくすぐったくて、面映ゆい。照れたように首を横に振った昼の小皿に、隣に座っていた夜がやるよと横から、半分に切った羊羮を乗せてくる。
「えっと…夜?」
《俺はもう十分食ったし。お前が食え》
返せぬよう空になった小皿を縁側に置いて、夜は湯呑みを手に取り傾けた。
「夜…、ありがと」
《ん……》
ほんのちょっと申し訳なさそうな、けれど夜の気持ちが嬉しくて、昼はふわりと笑う。
「ふふっ…、お茶のおかわりいれてきますね」
祖父と孫達の微笑ましいやりとりに、自然と珱姫の表情も綻んでいた。
◇◆◇
「ただいまー」
四人でしだれ桜を眺めながらお茶をしていると、玄関の方から若菜と鯉伴の声が聞こえてくる。
「あら、帰って来たようですね。妖様、私ちょっと若菜さんを手伝ってきます」
「おぅ、行ってやれ」
買い物は小まめにしているが、それでも本家の者達の人数を考えると食料品など量が多くて、仕舞うのも大変なのだ。
そして、手伝いに台所へ向かった珱姫と入れ代わる形で鯉伴が顔を出す。
「何だ、親父と一緒に居たのか」
よいしょと縁側に腰を下ろした鯉伴は夜昼それぞれの顔を見て、ふと口元に弧を描いた。
懐に入れていた右手を出し、アカとアオのリボンで口を締められた透明な小さな袋を二つ取り出す。
「ほら、お前達にお土産だ」
それを鯉伴は夜と昼に一袋ずつ手渡した。
「ありがとう」
《………》
透けて見える袋の中にはカラフルなキャンディがいくつも入っている。
素直に喜んで受け取った昼に対し、夜は微妙な顔をして受け取った。
嬉しくないわけじゃないがこれは、…後でこっそり昼にやろう。
そんな夜の表情を的確に読み取ったぬらりひょんが呆れた様に口を挟む。
「鯉伴、お主はもっと気のきいた物をやれんのか」
「何だよいきなり」
本当に分からないのか鯉伴は不思議そうな顔をしてぬらりひょんを見る。
「どうせなら着物かなんか買ってくれば良いものを。気のきかぬ息子じゃ」
「着物?あぁ、…親父の分はねぇけどリクオと夜には買ってきたぜ」
ふいとぬらりひょんから夜と昼に視線が戻り、鯉伴は後で着てみせろよと笑いかけた。
「うん」
《まぁ、それなら》
ぶっきらぼうながら、今度は色好い返事が夜からも返ってくる。それに鯉伴は満足気に笑みを深め、ゆるりと瞳を細めた。
「可愛いじゃねぇか」
自然に伸びた鯉伴の手が、夜と昼の髪をくしゃりと撫でる。
「わっ!?」
《ちょっ、止め―…》
揃って恥ずかしそうに慌て始めた二人に、鯉伴は笑みが溢れるのを止められなかった。ぬらりひょんもまた湯飲みを手に、口元に弧を描いて眺めていた。
「あらあら、楽しそうね」
「本当に」
そこへ、若菜と珱姫がくすくす笑いながら、胸元に白い包みを抱いてやって来る。
「おっ、若菜、持って来てくれたのか」
「えぇ、はい」
髪を撫でる手を止めた鯉伴は若菜から包みを受けとり、珱姫からも手渡される。
「お珱、何じゃそれは?」
「これはリクオ達の新しい着物だそうです」
ふふっと柔らかく表情を綻ばせた珱姫は、さっそく包みを開けて昼と夜に着物を手渡している鯉伴を見やる。
包みの中からは明るい若草色の着物と、落ち着いた色合いの青藤色の着物。若草色が昼で、青藤色が夜の着物だ。
受け取った着物に視線を落とし、二人は嬉しそうに頬を緩める。
「ほら、着てこい」
「うん!」
《おぅ》
大事そうに着物を手に立ち上がった二人に、次はなにを買ってこようかとつい考えてしまい、そんな自分に鯉伴は苦笑を浮かべた。
しかし、皆思うことは同じ。
「今夜はリクオ達の好きな物でも作ろうかしら」
「若菜さん。私も是非手伝いますわ」
「ならば、ワシは美味い酒でも用意しておくかの」
「夜はともかく、リクオはまだ飲めねぇぜ親父」
そんな会話がなされてるとは知らぬ夜と昼は、互いに着替えた姿を見て見惚れていた。
《さすが親父、…分かってるな》
「ん、夜も凄く似合ってる」
《もったいねぇけど見せに行くか》
「うん、行こう」
仲良く肩を並べて、夜と昼は縁側で待つ鯉伴達の元へ向かう。
暖かな陽射しと愛情溢れる優しい場所へと…。
□end□
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