貴方だけの(夜昼)


髪に触れる指先
背に伝わるぬくもり
それら全てが―…



□貴方だけの□



夜の帳が下りて幾ばくか。
はらりと目の前を舞う桜を目で追いながら、夜は己の腕の中にいる存在に口元を緩めた。

「重くない?」

ちらりと伺うように見上げてきた昼に、夜はまったくと、さして気にした風もなく返す。

二人は特に何をするでもなく。
夜は木の幹に背を預け、昼を足の間に。昼は夜の胸に凭れ、すっぽりと背中から夜に抱き締められ座っていた。

言葉もなく、二人の周りをはらはらと桜が舞う。お互い、着物越しに伝わる熱を心地好く感じ、空気までも甘さを含んだように二人を包む。

「なんかこれって贅沢だよね…」

《何がだ?》

ふっと空気を震わせて呟いた昼に夜が聞き返す。

「夜を僕が独り占めしてる」

腰に回された夜の手に両手を重ね、昼は薄く頬を染めて笑みを溢した。

《それを言うなら俺もだ。こうして昼を独り占めしてる》

ふわりと昼を抱く腕に少し力を入れて、夜もゆるりと笑う。

重ねられた昼の手を取り、夜は悪戯に指を絡めた。
握ったり開いたり、ぴったりと掌を合わせて昼も戯れる。

「分かってたけど、夜の手って僕より大きいよね」

右手を合わせて、ほらと見上げてきた昼に夜は至極当然の様にするりと言葉を紡いだ。

《そりゃお前より小さかったら困るだろ。この手はお前を護る為にあるんだからな》

「……え?」

《ん?》

あまりにも自然な夜の不意打ちに昼はワンテンポ遅れて反応する。
夜も夜で昼の反応に首を傾げた。

《どうかしたか?》

カァッと耳まで一気に赤く染めた昼はぎこちなく夜の手を離す。

《昼?》

「な、何でもないっ」

顔を覗き込もうとした夜を避けて、昼はさっと顔を前に戻した。

《そうか?》

夜には特別な事を言ったつもりはないのか深くは追及して来ない。
ただ、昼を護る為にあると言った大きな掌が昼の頭を優しく撫でた。

くしゃりと柔らかな栗色の髪が夜の指の隙間から溢れる。そんな何気ない夜の行為に先程の言葉を思い出し、つい意識してしまう。

まるで髪の先まで神経が通っている様な、夜の掌の温かさを昼は追ってしまった。

「――っ」

…まさか夜がそんな風に思ってたなんてっ。

《昼?本当に大丈夫か?》

頭を撫でる夜の手は優しく、昼の心に触れる。

「大丈夫…じゃない、かも。でも…」

きゅっと己を包む夜の羽織を握り、昼はポツリと続けた。

「もう少しこのまま…」

さらりと髪をすかれる感触にどきどきしながらも、昼はその手を求める。

《…少しなんて言わねぇでお前になら》

それに夜は言葉を被せて、隠しきれていない、赤く染まった昼の耳元へ唇を寄せた。

《全部やるぜ。…俺を独り占め出来るのはお前だけだからな》

「……ん」

そして、僕を独り占め出来るのも夜だけ。なんて…、真っ赤に染まった顔では頷くのが精一杯で、昼は思っても口には出来なかった。



end



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