与えられる腕の強さ(トサカ丸×黒羽丸)


ふわりと優しく強く
引かれるままに飛び込めば
体を包む心地好いぬくもり―…



□与えられる腕の強さ□



ほっと頭上で溢された吐息が、月明かりを受けて艶めく黒髪を揺らした。

「大丈夫か兄貴?」

「……あぁ」

「ったく、どこのどいつだ。スピード違反で締め上げてやる!」

先程まで黒羽丸がいた場所を睨み付け、トサカ丸はそこを猛スピードで通過して行ったどこぞの妖怪へ向けて吠える。

「見つけたら絶対ただじゃおかねぇ!」

その声を、黒羽丸はどこかぼんやりとした様子で聞きながら耳を澄ませた。

(鼓動が早いな…)

とくん、とくんとトサカ丸の胸に押し付けた耳から伝わる鼓動に自分の鼓動が重なって聞こえる。
咄嗟とはいえトサカ丸の腕の中に引き寄せられ、抱き締められた黒羽丸はそこに居心地の良さを感じてそっと瞼を伏せた。

「兄貴もそう思うだろ?なぁ、兄…」

伝わるぬくもりを確かめる様に身を寄せてみればトサカ丸の気配が大袈裟なほどびくりと揺れた。

「えっ、あに…なっ…黒羽…?」

戸惑うトサカ丸の視線を感じて、黒羽丸は自分が何をしているのか我に返り頬を熱くさせるが、初めて感じる心地好さからは離れがたく。トカサ丸に身を預けたままポツリと溢した。

「…好きかもしれない」

「え…何が?」

ゆるゆると閉ざしていた瞼を持ち上げて、黒羽丸は己の体に回されていた腕にそっと両手を重ねる。

「こうしてお前に抱き締められるの」

「………」

「大事にされてる気がする」

黒羽丸を決して傷付けない様に優しく、けれどもぬくもりが触れ合うぐらい強く、抱き締めてくる腕。

目元を赤く染めながらもふわりと笑いかけてくる黒羽丸にトサカ丸は息を呑む。

「いきなり腕を掴まれた時は驚いたが、ありがとなトサカ。助かった」

「…あ?あぁ…、おぅ」

あまりにもストレートな物言いに、かぁっとトサカ丸の頬も熱を帯びていく。けれど、顔が赤くなるのを何とか耐え、トサカ丸は腕の中から離れようとしていた黒羽丸を抱く腕に少しだけ力を込めた。

「…俺は黒羽を大事にしたいと思ってる。だから、嫌なことなら嫌って言ってくれ。じゃねぇとたぶん、俺、分からねぇから…」

「そんなことないだろ。今までだって俺はお前から嫌な事された覚えは一度たりとてないぞ。それに、お前にされて嫌なことって何もないと思うがな」

考えるまでも無いと、さらりと返された言葉にトサカ丸は複雑な表情を浮かべる。

「それは…俺を信用しすぎだよ」

「そうか?」

そうだとはっきり頷き返したトサカ丸に黒羽丸は意味が分からないと、きょとんとした無防備な顔を晒す。そうすると黒羽丸は普段の大人びた姿より幾分幼く見えた。

「…っ、そりゃ反則だろ」

「…ん…?」

トサカ丸の漏らした言葉が聞き取れなかったのか、トサカ丸を見上げて黒羽丸が首を傾げる。

「ほんっとどうしてこう…っ、黒羽可愛すぎ」

「わっ!おい…!」

ぎゅぅっとめいっぱい強く優しく、黒羽丸は抱き締められる。

「黒羽…大好き。愛してる」

「――っ」

耳を掠めた熱い吐息が一瞬にして黒羽丸の心を浚っていく。

額に落ちるに柔らかな感触。
耳まで真っ赤に染めながら、それでも黒羽丸は腕の中から逃げなかった。
ただ一言、文句を溢して。

「そう言うのは時と場所を考えて言え…」

「それなら黒羽も時と場所を考えて行動してくれよ」

月明かりが照らす浮世絵町の上空に仲睦まじい様子の鴉が二羽、その夜、目撃されていた。



end

御題配布元
≫immorality



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