真っ白な(夜+良太猫)
*X'masのその後
銀の髪を靡かせ歩くその人の首には
誰からの贈り物なのか誰も知らぬ
真っ白なマフラーが巻かれるようになっていた―…
□真っ白な□
陽はとうに山の向こうへ沈み、闇に属する者達が活発になる時刻。
夜はふらりと屋敷を出て、妖怪のみが通れる番台の前を堂々と進む。
「おや、じじいのとこの…。また来たのかい」
番台に座る蛇骨婆の前を通り抜け、化け猫横丁へと。
化け猫横丁、その歓楽街に店を構える化猫屋に夜は顔を出した。
「いらっしゃいませ〜!ようこそ妖怪和風隠食事処、化猫屋へ!」
「よぅ」
「わわっ、リクオ様じゃありませんか!?ささっ、どうぞこちらへ」
がやがやと賑わう店内を見渡し、夜は自ら案内を進み出た化け猫組組長、良太猫の背中へ声を掛けた。
「偉く盛況じゃねぇか良太猫。俺は適当にやらせてもらうから構わねぇでいいぜ」
「いいえ、そうはいきませんって!せっかくリクオ様が来て下さったのに、おもてなし一つ出来ねぇんじゃ組の沽券に関わるってもんです!」
「ふっ…大袈裟だな」
奥の席へと案内された夜はそれ以上何も言わず、肩を竦めて良太猫の良いようにさせた。
そして、間を置かず酒と簡単に摘まめる料理が並び、夜の隣に良太猫と女性従業員、化猫組の接客担当だろう、が腰を下ろす。
「ささっ、どうぞ飲んでいって下さい!」
手際よく夜の盃に酒を注ぎ、女性従業員は明るく微笑む。
その笑みはただ純粋に楽しんでいって欲しいと思っている顔で、夜も遠慮なく盃に口を付けた。
「いやぁ、リクオ様には色々とお世話になりやして」
旧鼠の件やら四国の…と続く言葉を夜はふと口端を吊り上げて遮る。
「気にすんな。それより、三郎猫は…」
「へい。アイツももう怪我も治って元気に働いてますよ」
ほら、と言われた先を見やれば三郎猫は笑顔で客から注文をとっている所だった。
三郎猫は視線に気付いたのかチラリとこちらを見ると、一瞬驚き、次に笑みを浮かべて、夜に向かってペコリと軽く頭を下げてきた。
「そりゃ良かった」
「はい」
ゆるりと笑って視線を戻した夜につられて良太猫も笑みを溢す。
空になった盃に二杯目が注がれ、会話が途切れたところで隣に座る女性従業員がふと口を開いた。
「わぁ、真っ白で綺麗なマフラーですね!」
「そうかい?」
「えぇ!若にとってもお似合いで」
裏表の無い女性従業員の言葉に、夜は盃を持つ手とは逆の手でマフラーに触れる。
そこに込められた想いと送り主の顔を思い出して自然と表情が緩み、口元には笑みが浮かんだ。
それを見て良太猫が、およ?と目をしばたたく。
「もしかして誰かからの贈り物ですか?」
そしてつい、好奇心を擽られて聞いてしまった。
「あっ、すいません。別に答えなくても…」
はっと我に返って慌てて言い直した良太猫に、夜は気分を害した様子もなく、口元を緩めたまま。
「こいつぁ、俺の大事な奴から貰った物だ」
そう応えた。
「そうでし…えっ!?大事なお人から!?」
良太猫の大きな声に店内にいた者達、主に女性従業員、女性客が振り向く。
隣で酌をしていた女性従業員だけがそれに気付かず、のほほんと、わぁ、良いですね!と相槌を打った。
「あぁ…、可愛いんだぜ。今はぐっすり寝ちまってるがな」
相手を想って浮かべられた笑みはどこまでも優しく、側に居た良太猫は再び驚きに目を丸くする。
「………」
急に静かになった周りと良太猫に、夜はマフラーから手を離し、盃を片手に首を傾げた。
「ん?どうかしたか?良太猫?」
「はっ!…い、いいえ。何でもありません。大丈夫です」
その言葉を境に周りがざわざわと音を取り戻す。
「そうか?」
「はい。…ところでどんなお人か聞いても?」
「別に隠してるわけじゃねぇし、いいぜ」
そうだな…、柔らかな栗色の髪に、真っ直ぐな心。その唇が紡ぐ己の名は酷く甘く、心地好い。指先で触れる頬は薄紅色に染まり、花の様に綻ぶ笑みは誰をも惹き付ける。
この腕の中にすっぽりと抱き締めてしまえる程、小さな体躯。伝わるぬくもりが愛しく、胸の内に一度抱いてしまえば離しがたくなる。だが、その華奢な見ためとは裏腹に秘められた強さ。それはアイツの良い所ではあるが、俺からしたら…
「もっと俺に甘えりゃ良いんだ」
妙なとこでアイツは遠慮する。そこが少し物足りねぇ。
クィと酒を喉に流し込み呟いた夜に、良太猫はニヤリと口元に弧を描いて笑った。
「ははーん、ベタ惚れですねリクオ様」
「まぁな」
さらりと認めて盃を傾ける夜は周囲から向けられる視線に全く気付かない。
「リクオ様がそこまで惚れ込んだお人かぁ。一度お目にかかりたいもんですねぇ」
「機会があればな」
「またまたぁ、そう言って会わせる気無いんでしょう?」
「さぁ?」
ぼかした言い方をするリクオに良太猫は軽い口調で切り返し、頃合いを見計らってそこで話を畳む。
「っと、俺はこの後ちょっと用があるんで席を外させて頂きますが、リクオ様はゆっくりしていって下せぇ」
引き際を誤ってはいけないとあっさり引き下がった良太猫に合わせて、夜も忙しいなら構わねぇで良いって言ったろ、と苦笑して促した。
「話してたら会いたくなっちまったな。寝顔でも見に行くか」
良太猫が席を立った少し後、夜も屋敷へと帰るべく化猫屋を後にする。首にはしっかりと真っ白なマフラーを巻いて。行きと同じくふらりと姿を消した。
「若様に好い人って!?」
「一体誰かしら?やっぱり奴良組の方?」
「私達のリクオ様が…」
リクオのいなくなった化猫屋では、女性客を始め女性従業員達がリクオの好い人発言を巡って熱い議論を繰り広げていたとか、いないとか。
□end□
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