迎え火(若菜+昼+総大将+α)


*作中に出てくるお盆の様子は地域によって異なりますので、それを踏まえた上でお読み下さい。
*捏造注意



あの日から幾年か
姿は見えずとも
その心は永久(トワ)に共に―…



□迎え火□



屋敷の一角、この日は朝から人がパタパタと動き回っていた。

首無が和室に持ち込んだ折り畳み式の小さな机を広げて、毛倡妓がその上に真菰(まこも)のゴザを敷く。
葉のついた細い青竹を黒田坊が机の四隅に立てて、その間に青田坊が竹の上部に縄をつける。

慎重に仏壇から取り出した位牌をつららが中央に並べて、その手前にリクオが作ったナスの牛と胡瓜の馬を置く。
花立てにはささ美が桔梗や女郎花、山ユリなど今朝早く採って来た数種類の花を挿す。その横で仏壇から運び出した鈴、香炉と蝋燭立て、お線香を黒羽丸とトサカ丸が並べていった。

大体の形が完成した頃に若菜が水鉢とそうめん、だんご、お供えの為に用意した季節の果物、野菜をお盆に乗せ台所からやって来る。

「ごめんなさいね、皆忙しいのに手伝って貰っちゃって」

「とんでもない。これぐらいやらせて下さい」

首無が代表して返せば、皆はうんうんと頷いて同意する。

「そう?ありがとう。…あっ、台所にお酒忘れてきちゃったわ」

「あ、私取ってきます!」

その呟きにいち早く反応したつららが身を翻し、部屋を出て行く。

「お母さん、あとこれ」

精霊棚の正面に座ってお供え物を下ろす若菜にリクオが灯の入っていない提灯を手渡した。

「リクオもありがとね」

「ううん。迎えに行くとき僕も行くから」

そう告げれば、若菜は優しくふわりと笑ってえぇと頷いた。

その後つららが持ってきてくれたお酒をゴザの上に置き、精霊棚の完成となる。

「それでは、我々はこの後パトロールがあるので」

「ありがとう、黒羽丸くん。それにトサカ丸くん。ささ美ちゃんも綺麗なお花ありがとね」

「いえ…」

最後にちょっとばかり照れたように口許を緩めたささ美を連れ、三羽鴉は部屋を出る。

「俺達も行くぞ、毛倡妓」

「はーい」

「じゃぁ、行こっかつらら。黒、青も」

「はい!リクオ様」

「はい」

「おぅ」

若菜を部屋に残してリクオ達は皆部屋を後にした。



◇◆◇



朝の内に御盆の準備を終え、陽が傾き始めた夕方…。

玄関には若菜とリクオの姿があった。

その手には綺麗に包装された数種類の花と、灯の無い提灯。水の入った手桶に、手に提げた袋の中にはマッチとお線香、お米が入っている。

「少しの間留守番お願いします」

「行ってきます」

静かに告げた言葉に、玄関まで出てきたぬらりひょんが一つ頷く。

「あやつらも首を長くして待ってるじゃろ。早く行ってやれ」

屋敷の門を抜けて二人の姿が見えなくなるまで見送った後、ぬらりひょんは屋敷の中へと戻って行った。







屋敷から少し離れた場所に奴良家のお墓はある。

持ってきた花と提灯、袋、手桶を一旦下ろしてお墓の周りを二人で綺麗にする。

その様子を、気配を悟られない距離で鴉天狗が見守っていた。

「私に頼む位なら総大将御自身で来られたら良いものを…」

墓石に花とお米を供え、手桶から汲んだ水を柄杓でかける。

「はい、リクオ」

「うん」

マッチでお線香に火をつけ、線香立てにお線香を立てて、リクオは手を合わせてそっと目を閉じた。
同じ様に若菜もお線香を上げ、手を合わせる。先に目を開けたリクオは若菜が目を開けるのをしばらく側で静かに待っていた。

「さっ、提灯に灯を入れて帰りましょう」

「うん…」

提灯の中にある蝋燭に火を灯し、提灯をリクオが持つ。
空の手桶と袋を若菜が提げ、少し薄暗くなった道を二人で歩いた。

「あっ!」

「あら?」

その途中、風もないのにゆらりと揺れた提灯の灯に、リクオと若菜は顔を見合わせる。
その間も灯は踊るようにゆらり、ゆらりと揺れて、二人はどちらからともなくくすくすと笑い合った。

灯りのついた提灯を手に門をくぐれば、本家の者、配下の者、遠くから来た者、皆関係無く出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさい」

妖怪達にお盆という風習は無いはずだが、毎年お盆が近くなると駆けつけてくれる者達がいる。

「ただいま」

そんな皆の気持ちを嬉しく思い、リクオと若菜は頬を緩める。心なしか提灯の灯がまたゆらりと揺れた気がした。

灯の入った提灯はこの後、精霊棚の脇に吊るして置く。

そして、お盆の四日間、送り出すその日まで奴良家では宴会が続く。



◇◆◇



「ふぅ……」

リクオがようやく宴会から抜け出した頃には、外はもうとっぷりと暮れ、月が傾き出していた。

もう寝ようと自室に戻る途中、何となく緑の繁る中庭の桜の木に目がいく。

「………」

その時ふと…、いつもそこに腰掛けている人の姿を思い出して、唐突に会いたいなぁと強く想った。

「…待ってるかな…夜」

そっと胸元に右手をあて、緑の葉が繁る桜の木を見つめる。桜舞う景色と目の前の景色を重ねて見ていれば、風もなくガサリと桜の葉が揺れた。

「え…?」

葉の隙間から溢れる銀の髪。

「夜…?…じゃない…」

「誰じゃ?」

リクオの溢した声と、桜の木の上から落とされた声が重なる。

「おじい、ちゃん…?」

振り返ったその姿は、夜と同じ様でいて、違った。

「なんじゃリクオか」

ゆるりと細められたその瞳はどこか遠い。

「何で若返ってんの?」

夕方まではいつもの姿だったはずなのにと首を傾げるリクオに、ぬらりひょんはリクオから月へと視線を移して応えた。

「あやつが帰って来た時、ワシが爺じゃ格好つかんじゃろ」

「………」

返ってきた返事に、あぁそっか。と思えど、リクオは誰がとは聞かない。ただ、

「お酒飲み過ぎて木から落ちたりしないでよね。それこそ格好悪い」

少しだけ、声をかけて通り過ぎる。

「ワシはそんなヘマはせん」

即座に返されたその言葉を背に、リクオは苦笑を浮かべ、二人の時を邪魔せぬようさっさと自室へと引き上げた。



そうして皆、様々な場所で、様々な想いを胸に、静かに、賑やかに、お盆の夜は更けていく。

毎年この日から四日間は、屋敷を出入りする者が絶えなかった。



end



*2011年お盆小説フリーとして配布。配布は終了しました。


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