愛しき者たち(総珱+鯉若+夜昼)


遠くで鐘が鳴る
過ぎ去る日を惜しみながら
新しい年を迎える―…



□愛しき者たち□



大切な人と共に時を刻めるという事が、こんなにも切なく嬉しいことだとは。

これが一時の夢幻でも構わない。そう感じた心は嘘じゃないから。

夜の羽織に包まれた昼は、隣で盃を傾ける夜に寄り添い、ふわりと表情を緩めた。

「楽しそうだね夜」

《お前もな。二人きりになれなかったのは残念だが、…こういうのも悪くはねぇ》

ふっと瞳を細めて笑った夜の視線の先には、鯉伴と若き姿のぬらりひょんが居る。

「うん。僕もちょっと惜しいなって思ったけど、今はそうでもないよ」

昼と夜、二人きりの世界に突如現れた鯉伴とぬらりひょん。

「リクオ、そんなとこに居らんでお主等もこっちへ来い」

母屋の障子を開け放ち、座敷の中から手招くぬらりひょんに昼は夜へと問い掛けた。

「どうする?」

危なげ無く、太い桜の枝の上へと座っていた夜は手にしていた盃を昼に預け答える。

《しょうがねぇな。行くか》

そして、昼の膝裏に右手を差し込み、左手を昼の背に回すと、昼を抱えて桜の木から飛び降りた。

とんっ、と軽い着地音を立て地面に降り立つと、夜は昼を腕に抱えたまま母屋へと上がる。

「まぁ、リクオったら格好良いわねぇ」

「近くで見るとますます妖様に似て…」

そこには、鯉伴とぬらりひょんのみならず若菜と珱姫も居た。

本来ならあり得ない顔ぶれ。それが何故か集まっている。かといって、その理由を突き詰めるような無粋な輩はここにはいなかった。

「フン、じゃがワシの方が数千倍格好良いじゃろ」

「なぁに孫と張り合ってんだよ親父」

若菜に酌をしてもらいながら鯉伴が呆れたようにぬらりひょんを見やる。

それに夜は我関せずといった様子で、昼を鯉伴の隣に下ろすと自分も昼の横に腰を下ろした。

テーブルを挟んだ向かい側には珱姫とぬらりひょん。若菜はリクオ達にも飲み物を、と一旦席を立つ。

「あの、そんなにジッと見られると…」

そんな中、昼が困ったように笑った。

「あっ、ごめんなさい。つい…」

それに昼を見ていた珱姫が右手を口元にあて、謝る。

「ん、何じゃ?リクオがどうかしたか?」

「お袋?」

視線を集めた珱姫は言うか言うまいか少し迷ってから、口を開いた。

「いえ、可愛らしい方だなって。男の子に言うのもどうかと思ったのですが」

気を悪くしないかと、遠慮がちに告げられた内容に、昼が応えるより先に鯉伴が何でも無いことの様に返す。

「コイツは若菜似だからな。可愛いのは当たり前よ」

「ちょっ、お父さん!何言って!」

《昼。お前は可愛いぜ》

恥ずかしそうに鯉伴に反論する昼の頭を、夜は後ろからポンポンと軽く叩いて鯉伴の言葉に同意した。

「あら、楽しそうね。何の話かしら?」

そこへ、お盆を手に若菜が戻ってきて、鯉伴の隣に膝を付いた。
そして、お茶と共に持ってきた丼をテーブルの上に下ろす。

「お蕎麦も持ってきたんですけど、お父さん達もどうですか?」

「おぉ、そいじゃ貰おう」

「私もお願いします」

分かりましたと笑顔で頷いて若菜は箸と蕎麦の入った丼をぬらりひょんと珱姫の前に置き、次いで鯉伴、昼、夜、最後に自分の前へと配った。

いただきますと、両手を合わせて冷めない内に食べ始める。

「…美味しいね、夜」

《あぁ》

「そう?ありがとうリクオ」

ポツポツと会話は交わされるが、食べている時は流石に静かで、…けれどその沈黙は温かく、その場にいる六人を優しく包んだ。

「ご馳走さん、美味かったぜ若菜」

「お粗末様でした」

ふふっと柔らかく笑って若菜は鯉伴の言葉を受け止める。そして、皆の丼が空になった所で若菜はそれぞれの湯呑みにお茶を注ぎ、丼を片付け始めた。

「若菜様。私も手伝います」

「僕も手伝うよ」

それを見て、珱姫と昼が席を立つ。

洗い物はそう多くないが、三人でやった方が早く済むだろうと、三人は片付けのため座敷を後にした。

何となく華が無くなったなと残されたぬらりひょん達は同じ思いを抱く。

「まぁ良い。お主等も飲め」

何が良いのか良く分からないが、きっと似たような事をぬらりひょんも思ったんだろうなと思いつつ、鯉伴と夜は差し向けられた酒を貰うことにした。

己の盃に注がれた酒に口を付け、鯉伴は夜へと視線を流す。

「あまり飲み過ぎるなよ、夜」

《親父こそ》

ゆるりと口元を綻ばせた夜は可愛げも無く切り返す。

「…いったい誰に似たんだか」

それに鯉伴は苦笑を浮かべ、言葉とは裏腹に優しげな色をその瞳に浮かべる。

するとそこへ、ぬらりひょんの声が割って入った。

「そら鯉伴、お主じゃろう。昔のお主によう似ておるぞ」

朱塗りの盃を右手に、並んで座る鯉伴と夜を眺めながらぬらりひょんは至極当然の事のように告げる。

「昼のリクオは鯉伴の言うとった様に若菜さん似じゃが、夜はお主によう似ておるぞ鯉伴」

なんせ二人をずっと見てきたワシが言うのじゃから間違いはない。と、ぬらりひょんは盃をクィと傾け断言した。








一方、丼を水洗いしたりと片付けを進める若菜に、昼は銚子を取り出して聞く。

「お母さん、お酒何本要るかな?」

「そうね、お義父さんと鯉伴さんと夜で三本かしら?」

それに小鍋を用意していた珱姫が頷く。

「それぐらいがちょうど良いと思います。お三方共、先程も飲んでらしたし」

「うん。飲み過ぎは良くないもんね」

珱姫が用意した小鍋に水を張り、火に掛ける。

熱燗の用意を珱姫に任せた昼は次に自分達の分の用意を始めた。

夜達には熱燗で、自分達三人は甘酒だ。

お酒が用意出来た頃には片付けも終わっており、珱姫が甘酒三つを、若菜が熱燗三本をお盆に乗せて座敷へと向かう。

昼は先頭に立って、光の漏れる座敷の襖を開けた。



◇◆◇



「あれ?居ない…」

しかし、そこに三人の姿はなく。

《昼!こっちだ》

夜に呼ばれて座敷の中に足を進めれば、三人は濡れ縁に並んで腰掛け、仲良く盃を傾けていた。

「おぉ、ようやっと来たか。お珱、酌してくれ。お主の酌が一番美味い」

「もう、妖様ったら…」

珱姫は薄く頬を染め、ぬらりひょんの元へ足を進める。

「若菜。お前もこっちに来い」

ポンポンと鯉伴は自身の隣を叩いて若菜を呼んだ。

昼は夜の隣、若菜は鯉伴の、珱姫はぬらりひょんの隣へとそれぞれ腰を下ろし、持ってきた熱燗と甘酒を分けた。

空には星が瞬き、季節外れの桜が視界を過る。

ここは本当に不思議な…。

「ぁ……」

遠くでゴーン、ゴーン…と鐘の音が響く。

《除夜の鐘だな》

「うん」

鯉伴達の方へ視線を向ければそこにはまだ優しい光景が広がっている。

「どうしたリクオ?」

その視線に気付いた鯉伴がこちらを向き、自然と皆の視線が昼に集まった。

「ううん、何でもない」

それに昼は慌てて首を横に振り、あっと声を上げて言葉を付け足した。

「明けましておめでとうございます」

《今年もよろしくな、昼》

ひっそりとその後、昼は夜に抱き締められ互いに挨拶を交わした。






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