夏祭り(昼+鯉若+総大将)


耳に届く賑やかな祭囃子
下ろし立ての浴衣に身を包み、そっと手を繋いだ―…



□夏祭り□



薄水色の生地に可愛らしいトンボの飛ぶ、紅梅織りの真新しい浴衣に身を包んだ小さな姿がぱたぱたと廊下を駆けて行く。

「ちょっと待てリクオ!」

「お父さん、はやく!」

うきうきとした様子で玄関を下り、これまた真新しい、細かい花柄が可愛らしい青い鼻緒の下駄に足先を突っ込む。

ちょっと足を動かせば、カコカコと鳴る下駄にリクオはわぁっと瞳を輝かせた。

「ったく、ちゃんと連れてってやるからもう少しだけ待ってろ」

外へ行く気満々な息子の頭をポンポンと叩き、鯉伴は苦笑して、歩いてきた先の廊下に視線を戻す。

「え〜、もう少しってどれぐらい?」

待てという言葉に、リクオは途端に不満そうな表情を浮かべて鯉伴の裾を引く。

いつになくわがままを言うリクオに鯉伴がどうしたものかと困っていると、常時開け放たれている玄関扉の方から声を掛けられた。

「何じゃお主らこんなとこで立ち止まって。…お、リクオ、そりゃ浴衣か。良く似合っとるのぉ」

掛けられた声にリクオはぱっと振り返り、先程までの不機嫌さはどこへやら、ふわりと花開く様に笑った。

「えへへ。お母さんに着せてもらったの!これからお祭りに行くんだ!」

「祭り?あぁ、それでこうも騒がしいのか。二人で行くのか?」

玄関には鯉伴とリクオの姿しかない。

「いや、若菜と三人だ。ちょっとばかし若菜の着替えに時間がかかっててな、それを待ちきれずにリクオが部屋を飛び出してっちまったんだ」

苦笑して返した鯉伴の言葉に、ぬらりひょんはちらりとリクオを見る。それから鯉伴へと視線を戻して意外な事を口にした。

「それならワシがリクオを先に連れて行ってやろうか?」

「親父が?」

「あぁ。小さな子供に待ては酷じゃろうて。それに…」

わしゃわしゃと、見上げてくるリクオの髪を撫で、ぬらりひょんはゆるりと頬を緩める。

「お父さん!ぼく、おじいちゃんと行きたい!良い?」

二人の話を聞いていたリクオが、きらきらと期待に満ちた真ん丸い瞳で鯉伴を見上げる。

「あ〜〜、じゃぁ、頼むか。俺は若菜を待って行くから」

やや躊躇った後、鯉伴はぬらりひょんへと頼んだ。

「任せとけ。行くぞリクオ」

「わぁい!」

カコカコと下駄を鳴らし、足元に駆けてきたリクオの右手を掬う。繋いだ右手をきゅっと握り、嬉しそう笑ったリクオにぬらりひょんもまた軽く握り返した。

「そうじゃ鯉伴」

「ん?」

「ゆっくりでいいぞ。あまり早く来るなよ」

「…は?」

それだけ言い残すとぬらりひょんは身を翻し、上機嫌でリクオと共に玄関を出た。







パァン、パン、パンッ、と花火の上がる方面へ足を向ければ沿道にたくさんの屋台が並ぶ。
活気溢れる人の声に、祭り独特の雰囲気がその場を包む。普段は人気も少なく静かな神社も今日ばかりは賑わっていた。

神社に近付くにつれ人が多くなり、いつもは洋服の若者達も浴衣に身を包み、笑い合っている。

その中を、ぬらりひょんは姿を隠すこともなく、銀の髪を靡かせ、キリリとした涼やかで穏やかな空気を纏って参道を堂々と歩く。

「久々に土地神のとこに顔でも出しておくかの。…リクオ」

「…ん?」

きょろきょろと周りに並ぶ屋台に気をとられ生返事をするリクオにぬらりひょんはクツリと笑みを溢す。迷子にならぬ様繋いだ右手を軽く握り直し、声を落とした。

「屋台は逃げたりせんぞ。欲しいものがあったら何でも言え。ワシが貰ってきてやる」

「え?えっと…じゃぁ、あの赤いの!」

「赤いの?あぁ、りんご飴か。どれ、一つ貰ってきてやろう」

リクオの手を引き、屋台の前まで来ると、発泡スチロールに刺されたりんご飴の棒をすぃと一本抜き取る。

「親父、貰ってくぞ」

他の客の相手をしている店主は咎めることも、視線を向けてくる事もなく、その客の相手を続けていた。

「ほれ、リクオ」

「わぁ!!ありがとう!」

その時リクオはちょこんと不思議そうに首を傾げたが、目の前に差し出されたりんご飴に気をとられ、すぐに忘れてしまった。

「えへへ…」

にこにこと嬉しそうにりんご飴をかじるリクオにぬらりひょんも頬を緩める。

「美味いか?」

「うんっ!あっ、おじいちゃんもひとくち〜。おいしいよ?」

はいっと食べかけのりんご飴を持ち上げ、リクオはにこにこと笑う。

「くくっ…こりゃ鯉伴が知ったら悔しがるじゃろうな」

「おじいちゃん?」

食べないの?と、すぐに応えなかったぬらりひょんにリクオはちょっぴりがっかりした様な表情を浮かべた。

「いや、一口貰おう」

「…!?うん!はいっ!」

ドン、ドドンと力強い太鼓の音に、流れる笛の音。設えられた舞台の上で演奏される音に混じって蝉の音が聞こえる。

ばらばらと御参りをする人々の間を抜け、ぬらりひょんとリクオは神社の本殿に少しだけ立ち寄った。

そこで奴良組配下の土地神に会う。

「良いのかえ?鯉坊の息子を連れ回しとって」

「あやつがワシに頼んだんじゃ。人聞きの悪い事言うな」

「おじいちゃん、この人だぁれ?」

赤とピンクの綺麗な着物を重ね着した妖艶な女の人をリクオはジッと見つめ、繋いでいた手をくぃと引いて聞いた。

「ワシの古くからの知り合いじゃ。さ、もう行くぞ。邪魔したな」

「総大将、次来る時は酒でも持って来ておくれや」

「おねえさん、ばいば〜い!」

参道へと戻り、リクオがりんご飴を食べ終えるのを待って再び屋台巡りを始める。

かき氷に焼きとうもろこし、焼き鳥に落書き煎餅。わた飴に輪投げにお面、金魚掬いに…。

「おじいちゃん、見て、かめ!」

わた飴の袋をぬらりひょんに持ってもらい、しゃがんだリクオは楽しそうにつんつんと硬い甲羅をつつく。

「うちには河童がおるじゃろ?」

だから持ち帰るのは無理じゃと、さらりとぬらりひょんはもっともらしく理由を付けて言った。

「う〜ん。…そっか」

それをリクオは疑わずに信じ、頷いて立ち上がった。そこへ、

「その調子でリクオに適当なことばっか言ってんじゃねぇだろうな、親父」

咎める様な呆れた様な声が掛けられた。


振り返ると後ろにはいつもの着物姿の鯉伴と、黄色地に花柄のデザインが愛らしい浴衣姿の若菜が立っていた。
頬を緩めてくすくす笑う若菜の右の耳上には、浴衣とお揃いの黄色く可憐な小さな花を模した髪飾りが挿されている。

「何じゃもう来たのか鯉伴」

「何言ってんだ。落ち合う場所も決めねぇで、こっちは探したんだぞ」

ほら、こっち来いリクオ。と、鯉伴はリクオを呼び寄せる。

「お父さん!お母さん!あのね、おじいちゃんにりんごアメ買ってもらったよ!それからね…」

一つ一つ嬉しそうに報告してくるリクオに何だか毒気を抜かれる。鯉伴はしょうがねぇなぁとため息を一つ落として、一生懸命話すリクオの髪をくしゃりと撫でた。

「良かったわねぇ、リクオ。お義父さんもありがとうございます」

若菜も終始笑みを溢し、リクオの目線に合わせてその場にしゃがむ。

「構わんよ。それより少しは二人で回れたかの?この通り鯉伴の奴は気が利かんからなぁ」

さっさと見つけおって。

「親父がリクオを連れ回すからだろ。見つけたと思ったらリクオに適当なこと言ってやがって」

「ふふっ、そんなこと無いですよ。御参りは二人でしてきましたし、この後一緒に回りませんか?」

ゆっくり立ち上がった若菜はにこりと笑って、ぬらりひょんも誘う。

「…せっかくじゃがこの後用事が出来てしもうてな。三人で楽しんで来ると良い」

「まぁそうですか…」

「ワシの事は気にするな。…鯉伴」

「何だよ?」

リクオのじゃと言って手にしていたわた飴の袋を鯉伴に渡し、ぬらりひょんはリクオに視線を移す。

「おじいちゃん帰っちゃうの?」

「リクオと十分楽しんだからの。特にリクオのくれたりんご飴は美味かったぞ」

ゆるりと表情を緩め、また家でな、と言葉を続けてぬらりひょんは背を向ける。
そして、三人を残してさっさと立ち去ってしまった。

「ったく、余計な気遣ってんじゃねぇよ」

小さく呟かれた鯉伴の声は祭囃子に掻き消える。

「お義父さんたら、言って下されば良かったのに。用事があったなんて…今までリクオを任せちゃってたけど大丈夫だったのかしら?」

「平気だろ。親父のことだ、たいした用じゃねぇよ」

あえてぬらりひょんの真意を教えず、鯉伴はリクオの右手をとる。

「お母さんも手!」

すると、リクオは嬉しそうにふにゃりと表情を崩して、逆の手を若菜に向けて持ち上げた。

「はいはい」

可愛い催促に若菜はふふっと笑みを溢してリクオと手を繋ぐ。

「とりあえずその辺見て回るか」

「えぇ」

「二人とも欲しい物があったら言えよ」

「はい…」

「うん!」

リクオを真ん中に手を繋ぎ、屋台を見て回る。

「鯉坊もすっかり落ち着いて、奴良組も安泰かえ」

仲睦まじいその様子を、帰った筈のぬらりひょんが盃を片手に眺める。

「ふっ、ワシから見ればまだまだじゃ」

「そうかえ?…相も変わらず総大将も素直じゃないねぇ」

土地神の向かいに腰を下ろしたぬらりひょんの唇は弧を描き、まるでそれを隠すかのようにぬらりひょんはグッと盃を呷った。



end



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