迷子(夜昼+鯉伴)


好奇心旺盛
その子は太陽の様に眩しくあたたかで
少しばかり周りをハラハラさせてくれる―…



□迷子□



それは良く晴れた日の小さな事件。

日中時間がある時、鯉伴はよく息子のリクオを連れて散歩に出る。

ふわふわと足元で揺れる栗色の髪を見つめては自然と笑みが溢れる。

ふらふらと右へ行ったかと思えば今度は左へちょこちょこと寄って行き。

「気をつけろよリクオ」

少し危なげなその行動に鯉伴が注意する様に声を掛ければリクオはパッと振り向き、鯉伴を見上げて元気良く返事を返した。

「うん!」

鯉伴との外出が余程嬉しいのか、リクオは終始落ち着きがなく、綺麗な花や虫を見つけては側に寄って行って、楽しそうにお父さん見て!と鯉伴を呼んで、見つけた物を見せる。

リクオの足に合わせて歩く散歩はゆっくりで、またリクオが度々何かに興味を引かれて足を止めるので、殊更足取りは遅くなった。

これといって鯉伴にも急ぐ様な用もなく、夕方辺りには家につくかとのんびり考える。そんな時、

「あっ、二代目!ちょうど良い所に!少し力を貸していただきたいんですが…」

横合いの細い路地から顔見知りが出てきて声をかけられた。

「どうした?」

チラリと鯉伴はリクオが直ぐ側に居ることを確認して足を止める。

「それが…」

相談された内容は思ったより深刻で、鯉伴の前を歩いていたリクオは鯉伴が足を止めて話に聞き入っている事に気付かず、一人ちょこちょこと歩いて行ってしまう。

角を曲がり、その先で丸まっていた猫にちょっかいをかけて、逃げられて追う。
いつしかリクオは慣れた散歩道から外れ、一人になっていた。

「あれ?お父さん、どこ?」

猫も何処かへ行ってしまい、きょろきょろと周りを不思議そうに見る。

「お父さん?」

呼んでも返ってこない返事。姿の見えない鯉伴。

どこに迷い込んでしまったのか周りには誰もいなくて。

リクオはうるりと瞳を濡らす。

「っ、お父さん…どこ?」

《………け》

「…え?」

ぐしぐしとリクオが涙声で鯉伴を呼んでいれば、不思議な事にどこからか声が聞こえてきた。

「だれ?」

きょろきょろと再度周りを見回してもやはり誰もいない。

《…そこの角を右に行け》

けれどその声はしっかりとリクオに聞こえていて。

「右?右に行けばいいの?」

びっくりして涙の止まったリクオは、その声に促されて角を右に曲がった。

《そのまま真っ直ぐ。次は左に》

「うん」

その後も声に従ってリクオは進み、見慣れた屋敷の前へと辿り着く。奴良と表札のかかった大きな門。

「あ…、僕のうち…」

《次は気を付けろよ》

役目は終わったとばかりにその姿の見えない不思議な声はそこでピタリと止んだ。

「まって!まだ名前きいてな…!」

「若っ!ご無事で!」

「二代目から若がいなくなったと聞いて心配してたんですよ!」

「どこか痛いところとか無いですか?大丈夫ですか?」

声を上げたことで門前に居たリクオに気が付いたのか、首無と毛倡妓、つららが慌てた様子で駆け寄って来た。

「痛いとこ、ないよ?」

こてっと首を傾げて言ったリクオの体をサッと確認して、首無達は安堵の息を吐く。

「毛倡妓、カラス達に見つかったと報告を。それから二代目にも」

「分かった」

わしゃわしゃと首無に頭を撫でられながら、リクオはあっ!と声を上げる。

「どうしました若?」

「…首無。お父さんが迷子なの」

「え?」

何を、とそこに残されていた首無とつららは思う。しかし、首無をジッと見上げてくるリクオは真剣そのもので。

「あのね、お父さんがいつの間にか消えちゃったの。だから迷子なの」

リクオからして見れば、ついてきていた鯉伴がいきなり居なくなってしまったのだ。

だから、迷子はリクオじゃなくて鯉伴だと。

すっとこちらに近付いてきた気配に気付きながら、首無はそうかとリクオの言葉に頷く。

「二代目が迷子か。それは大変だ」

「うん。だから探しに行かなくちゃ」

今すぐにでも踵を返し、飛び出して行ってしまいそうなリクオに、首無は頭に乗せていた手を退け苦笑した。

「だそうですよ、迷子の二代目」

「ったく、リクオ」

ふわりと、しゃがんだ鯉伴にリクオは背後から抱き締められる。

「お父さん!」

くるりと腕の中で体を反転させられて、リクオは鯉伴と向き合う。

「どこ行ってたんだ?心配したんだぞ。ちょっと目を離した隙に居なくなっちまって」

ぎゅぅとその存在を確認するように強く抱き締められる。

「わっ!?お父さん!」

「いつもの散歩道にはいねぇし、拐われたのかと思ったぞ」

確かにある腕の中の温もりに鯉伴はようやくほっと安堵の息を吐いた。

「お父さん…?」

どこかいつもと違う鯉伴の様子をリクオなりに感じとり、ポツリと呟く。

「ごめん、なさい…」

「分かればいいんだ。皆心配してお前のこと探してたんだぞ」

鯉伴は腕の力を弱め、しょんぼりとしたリクオの顔を覗き込む。

「次からは気を付けろよ」

「ん…」

よしよしとリクオの頭を撫で、そのまま片腕でリクオを抱き上げて鯉伴は立ち上がる。

「それにしても良く一人で帰って来れたな」

「あっ…」

「ん?」

リクオは鯉伴に抱き上げられたままきょろきょろと周りを見る。門前にはリクオと鯉伴の他に首無とつららしかいない。

「リクオ?」

「ぼく、一人じゃなかったよ」

「誰かいたのか?」

鯉伴の問いはリクオとリクオを見付けた首無とつららに向けられる。

それに首無とつららは首を横に振り、リクオは言う。

「いたよ。ここまで連れてきてくれたんだ!名前はきけなかったけど…」

リクオが嘘を吐くはずもなく、首無達も嘘を言っている様には見えない。

鯉伴は暫し考え、ふっと口端を緩めて返した。

「それなら次会った時お礼を言わねぇとな」

「うん!」

「さ、いつまで門前にいてもしょうがねぇ。中に入るぞ」

鯉伴の促す声に、首無とつららも続き、小さな事件はそうして幕を閉じたのだった。



end




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