心模様(トサカ丸×黒羽丸)
足元に出来た水溜まり
空から落ちる雨粒が水面に波紋を描く
まるで揺れる心模様のように―…
□心模様□
「うわっ!っはー、危なかった…」
頭上でびりびりと空気を震わせ光った稲妻にトサカ丸は肩を跳ねさせ、安堵の息を吐く。
ぽたぽたと全身から落ちた水滴が東屋のコンクリートに吸い込まれて色を変えていく。
突然降りだした雨に、濡れて額に落ちた鮮やかな黄色の髪を後ろに払い退け、濡れてしまった翼をばさりと動かしてトサカ丸は水気を飛ばした。
「わっ、トサカ!お前な…」
隣に共に空から避難してきた黒羽丸は水滴を飛ばされて軽くトサカ丸を睨む。
「あ、わりぃ。つ、い…」
その声に慌てて謝罪の声を上げ、黒羽丸を振り返ったトサカ丸は不自然に言葉を途切らせ目を見開いた。そして、まじまじと黒羽丸を見つめる。
「トサカ?」
見つめられた黒羽丸は怪訝そうに眉を寄せ、逆にトサカ丸を見返す。
黒羽丸もトサカ丸と同じく全身ずぶ濡れで、いつもはふわふわとして艶やかな黒髪も今はぺたりと肌に張り付くように輪郭に添って下りている。丸く形の良い頭が露になり、しっとりと濡れた髪の毛先からはぽたぽたと滴が落ちる。
髪が下りているからだろうか、黒羽丸の表情が少し幼く見える。
(なんっうか、可愛い…)
ぼぅっと黒羽丸を見詰めたまま答えないトサカ丸に黒羽丸はん?と首を傾げる。
その仕草にきゅぅ…と心が擽られて何だか無性にこう…
(ぎゅぅって腕に抱いて可愛がりてぇ…)
「おいトサカ?どうした?」
「っあ〜〜、何でもねぇ!」
急に我に返ったという様子でトサカ丸はふぃと黒羽丸から視線を反らし、誤魔化すように咳払いをした。そっぽを向いたトサカ丸の耳朶が仄かに熱を帯びる。
「何でもないってことはないだろ。人の顔を凝視しておきながら」
黒羽丸は不可解そうに言って、視線を反らしたトサカ丸をジッと見つめる。
「だ、だから何でもないって。それに…言ったら怒るだろ?」
「何を?怒られるようなことでもしたのか?」
「…いや、…まだ」
ぼそぼそと歯切れ悪く溢すトサカ丸に黒羽丸はぽたぽたと滴を落とす前髪を邪魔そうに掻き上げ息を吐く。
「怒らねぇから言ってみろ」
「いや、でも…」
「言ってみろ。ほら」
柔らかい声で促されてちらりと黒羽丸に視線を戻したトサカ丸は、観念したように口を開いた。
「…黒羽があまりにも可愛いから、…抱き締めてぇなって。…良い?」
「―なっ!?〜〜っだから、そんなこと…いちいち許可をとるな!」
トサカ丸の言葉に大きく目を開いた黒羽丸は真っ直ぐトサカ丸に向けていた視線をさ迷わせた後、耳まで赤くして言い返した。
「それって、いつでも抱き締めていいってことか?」
変わりに、トサカ丸が期待したような眼差しで黒羽丸を見る。
「だからっ…!」
「分かった。俺の好きなようにする」
そうしてトサカ丸はさっそく腕を伸ばして黒羽丸を胸の中に閉じ込めた。露になった額に口付けを落とし、赤く染まった耳に唇を寄せる。
「…黒羽」
「っ、濡れるぞ…」
耳の中へ流し込まれた低い声音にぴくりと肩を震わせ、黒羽丸は小さな声で注意するように言う。
しかし、トサカ丸は気にした素振りも見せず逆に口許を緩めると黒羽丸の腰に回した腕に力を込めて耳元に寄せた唇で囁く。
「黒羽…可愛い…っ。もしかして照れてる?」
かぁっと更に赤みを増した頬に唇で触れてトサカ丸は黒羽丸の顔を覗き込む。
「黒羽?」
「っ見るな」
「嫌だ、見たい」
赤く染まった顔を隠そうと懸命に顔を反らす黒羽丸がトサカ丸には可愛くてしょうがない。
本来なら黒羽丸が嫌がることはしたくないが、これが恥ずかしがってるだけというのは一目瞭然だ。
そんな黒羽丸の可愛い姿に悪戯心が刺激されてトサカ丸は顔を覗き込むのを止めると眼前に晒された首筋に唇で触れた。
「―っ、ぁ…なにして…」
「黒羽が顔見せてくれないのがいけないんだろ」
唇を押し付けた肌が震え、黒羽丸の戸惑った声が落ちる。
トサカ丸が窺うようにちらりと目線を上げれば羞恥で潤んだ瞳とぶつかった。
途端、ぞくりとトサカ丸の肌が粟立ち身体が熱を帯びる。
「っ――」
ちりりと身体の芯に灯ったその熱にトサカ丸は慌てて黒羽丸から視線を外すと、密着していた身体を離す。細く熱い吐息を零して冷静になるようトサカ丸は努めた。
「え…?トサ、カ…?」
急なトサカ丸の行動に黒羽丸はついていけずに瞼を瞬かせる。
「あ、いや…ちょっとマズイ…」
「………?」
いきなり両肩に手を置かれ開いた距離に、驚きで羞恥心もどこかへ飛んでしまったのか黒羽丸はきょとんとした顔で僅かに高い位置にあるトサカ丸の顔を見上げた。
「何て言うか…色々…」
気まずそうに目線を泳がせ言ったトサカ丸にいつもの調子を取り戻して黒羽丸が口を開く。
「…顔が少し赤いな。風邪でも引いたか?濡れたままでいるからだ。雨も小降りになったし一旦帰るぞ」
どうやらトサカ丸の陥った状態には気付かなかったようで、黒羽丸はそう言うとあっさりトサカ丸に背を向けて歩き出す。
「…あ、あぁ」
その背を、何だかガッカリしたようなホッとしたような複雑な気持ちで見つめ、トサカ丸も一歩足を踏み出す。
「…修行が足りねぇのかな」
ぼやいたトサカ丸の声は黒羽丸に届かず。
「危なかった…。何とか誤魔化せたか?」
黒羽丸の呟いた言葉もまたトサカ丸には届かなかった。
トサカ丸の唇で触れられた首筋に右手をあてるとその感触が思い出されて熱が振り返してくる。黒羽丸は一人頬を赤く染めるとちらりと背後に視線を流して呟いた。
「馬鹿トサカ。…心臓が止まるかと思ったじゃないか」
何やら一人で悶々と葛藤しているその姿に、知らず黒羽丸の口許に笑みが浮かぶ。
「でも別に嫌だったわけじゃないからな…」
そしてその唇からトサカ丸を拒絶する言葉は出て来ず、期待とも安堵ともとれぬ悩ましげな吐息が雨音に混じり一つ零されたのだった。
□end□
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