牛鬼謀反編B(夜昼)
揺るがぬ眼差し、譲れぬ想い
その先に待ち受けるものは―…
□牛鬼謀反編B□
「まだだ……、お前は…こんなものなのか!」
一度は決したと思った戦いは尚、続く。ギィンと刀と刀がぶつかり、金属の鈍い音が響いた。
「牛鬼…。俺を殺して、その後どうするつもりだ」
ギィィンと一際大きく交わった刃の後、そう聞いた夜に牛鬼は静かに口を開いた。
「お前を殺して、オレも…死ぬのだ」
《――っ、何でこんなことっ!止めろ牛鬼!ダメだ夜!》
振り下ろされた刃が体に吸い込まれる。
―ザシュウゥゥ!!
《牛鬼!夜!》
パタ、パタタタッと赤い液体が床に落ちる。
「私もかつては"人"だった。だからこそ分かる。…人間には悪鬼に耐える力がない――」
《夜っ―!》
グラリとリクオの体が前へと傾ぎ、胸から血が溢れだす。
「………」
「それでもなお、人であり続けるなら…私は自らをかけ葬るのみ」
魔道に堕ちろ、リクオ。
「私のように――人間を捨てろ。総大将になるのならば。…私を越えてゆけ、リクオ」
バッ――と牛鬼の胸元からも鮮血が噴き出した。
「…それで…良いのだ」
牛鬼はグラリとそのまま後方へ倒れ込みながら満足したように呟いた。
斬られた胸に右手をあて、膝をついた夜は、後ろで倒れた牛鬼を振り返らず言葉を紡ぐ。
「悪ぃが…、俺は人間を捨てるつもりはねぇ」
夜にとってそれは昼を捨てると同義。絶対にあり得ない選択だ。
「だが、諦めるつもりもねぇ。俺は俺のやり方で上に立つ」
「………」
シンと束の間、沈黙が落ちる。
「…そう、か。…リクオ、きけ。捩眼山は奴良組最西端――ここから先、奴良組の地(シマ)は一つもない」
バサバサッと外から風が舞い込む。
「リクオ様あぁ…!!」
「な…なんだぁ―!?この状況は!?」
開け放たれた扉から黒羽丸とトサカ丸が踏み込んできた。
「そこにいるのは…っ、牛鬼だな!?」
「貴様……」
それをリクオは右手を上げ、制す。
「リクオ様…?」
静けさを取り戻した場に、牛鬼の声が落ちる。
「この地にいるからこそよく分かるぞリクオ…。内からも…、外からも…、いずれこの組は壊れる」
早急に立て直さねばならない。
だから私は動いたのだ。
私の愛した奴良組を…
潰す奴が…許せんのだ。
「たとえリクオ、お前でもな…」
牛鬼の強い決意と覚悟。すべては奴良組の為、奴良組を思っての――。
「当然だと思わんか。奴良組の未来を託せぬうつけが継ごうというのだ」
《やり方はどうあれ牛鬼は僕のせいで―…》
「しかし、お前には…器も意志もあった。私が思い描いた通りだった」
夜は何も言わず、牛鬼が背後で上体を起こすのを視界におさめる。
「もはやこれ以上考える必要はなくなった」
「リクオ様、危のうござる!」
再び刀を手にした牛鬼がリクオを見据え、
「これが私の結論だ!」
言い切る。手にした刃を返し、躊躇いなくその刀で己の胸を――。
《――っ!!》
ヒュッと一瞬、瞬きの間。牛鬼とリクオの間に合った空気が…動いた。
「―――なぜ、止める?リクオ…」
その瞬き間、牛鬼の刀は刃を無くし、柄のみが手の中に。失われた刃は近くの柱へと突き刺さった。
「リクオ…様?」
牛鬼の自刃を止めたリクオに、黒羽丸とトサカ丸も動きを止める。
ガラァンと音を立て、牛鬼の手から柄だけになった刀が力なく落ちた。
「私には…謀反を企てた責任を負う義務があるのだ…」
《そんなもの僕は望まない!お願いだ、夜。牛鬼は…》
内側から聞こえる昼の悲しげな声に、夜は声に出さず頷く。
俺も同じ気持ちだ、昼。
「なぜ死なせてくれぬ…。牛頭や馬頭にも会わす顔がないではないか…」
「おめーの気持ちは痛ぇ程わかったぜ。俺がふぬけだと俺を殺しててめぇも死に、認めたら認めたでそれでも死を選ぶたぁ…らしい心意気だぜ、牛鬼。だが、」
リクオは祢々切丸についた血を払い、とんっと肩に乗せる。
「死ぬこたぁねぇよ。こんなことで…なぁ?」
《夜っ…》
ふっと口元を緩め、何でもないことの様に告げたリクオに牛鬼は驚き、黒羽丸とトサカ丸からは非難の声が上がる。
「若!?こんなことって…!!」
「これは大問題ですぞ!」
煩く騒ぐ二人にリクオは眉を寄せ、振り返って言う。
「ここでのこと、お前らが言わなきゃすむ話だろ」
「そ、そんな…」
「若ぁ〜…」
嘆く二人を無視し、膝を付いた牛鬼の側にリクオは立つ。
「牛鬼…。さっきの"答え"人間のことは…人間ん時の、昼の俺にきけよ」
そう言ってリクオは踵を返す。祢々切丸を鞘に納めながらリクオは今の言葉に付け加える様に続けた。
「気に入らなきゃ、そん時斬りゃーいい。その後…勝手に果てろ」
間違っても俺がそんなことさせはしねぇがな。
牛鬼、お前は昼にとって大事な仲間で家族なんだぜ。生まれた時から側にいる雪女や首無達と同じぐれぇにな。
「これで良いんだろ昼?」
《ん、…僕もそろそろ決めなくちゃ》
「昼?」
《今日みたいに夜に守られてるだけじゃ…、夜だけが傷付くなんて僕は耐えられないから》
キミが言っていたように…僕も僕のやり方で、人っていう限られた力の中で、キミを守り仲間を守りたい。
夜だけを戦わせたりなんて、僕はしたくない――。
長かった夜が明ける。
昨夜の雨が嘘のように晴れ渡る空。
風通しの為に開けられた障子から朝の柔らかな陽射しが差し込む。
その温かく優しい光に、過去の光景が牛鬼の頭の中を過っていった。
「………」
ゆっくりと瞼を押し上げ、身体を起こす。
「あ、起きた?」
すぐ側から掛けられた声にそちらを見やれば、栗色の髪に幼い顔立ちの、人間の姿に戻ったリクオが居た。
「ケガはなんとかなったみたいだ。よかった!君の部下は迅速だね、牛鬼」
「………リクオ?」
リクオの首に巻かれた包帯。着物の隙間からも見える手当ての痕に昨夜の事が蘇る。
「リクオ…。本当に…朝になると、変わってしまうのか…」
「……今は、人間だよ」
夜が明けると同時に交代した夜と昼。夜は今、リクオの中で眠っている。
「覚えて…いるのか」
「覚えてる。昨日のことも、旧鼠のことも蛇太夫もガゴゼも。全部…知ってるよ」
ここまでして、こんなに奴良組を思ってくれる牛鬼に嘘は吐きたくない。
「リクオ…」
「そろそろ覚悟を決めるときなのかな…。いつまでも目を閉じてられない」
強い意志を持った眼差し。
牛鬼は静かにリクオの横顔を見つめ、リクオの思いを聞く。
「怖いけど、本当は平和でいたいけど…"守らなきゃいけない仲間"もいる」
守らなきゃいけない大切な人がいる。守られてばかりは嫌だ。
「この血にたよらなきゃいけないときもあるって…知ったから」
でも、たよるばかりじゃなく僕も共に。
一人じゃ出来ない事も二人なら。
リクオは立ち上がり、障子に手をかける。こちらを見る牛鬼を、強い意志を灯した瞳のまま振り返り、リクオは続けて言った。
「だから僕は、そこまで組のこと思ってくれる牛鬼が百鬼夜行にいてくれたら…うれしいよ」
「………」
部屋に一人残された牛鬼はゆっくりと瞼を閉じ、知らず知らずの内に小さく口元を綻ばせる。
総大将といい、リクオといい――…敵わんな。
◇◆◇
後日、奴良組本家にて―
右手に大きな杯、左手に妖酩酒「桜」
盃に酒を注ぎ、池の前に立つリクオがいた。
「お?」
それに母屋の二階にいた首無と黒田坊が気付く。
「おお?」
「若?」
二人が見てることに気付かず、リクオは池の前に立ち、真剣な面持ちで手にした盃を見つめた。
そして、
―奥義・明鏡止水!桜!!―
いつだかの夜の姿を思い出し、畏れを発動させる。
バサバサと近くの木に止まっていた鳥が飛び、
「おお!!」
「若が技を!!昼なのに」
二階の窓から身を乗り出して見ていた黒田坊と首無が驚きに声を上げる。
しかし、
それは技として形にならず、盃に並々と注がれた酒をでろりと広げ、溢しただけに終わった。
「あれっ…」
その上、バランスを崩しリクオは側の池に落ちる。
「冷たっ…やっぱ無理か」
そこに、聞き慣れた声がかかった。
「な〜にしとんじゃリクオ。そりゃ明鏡止水か?」
「じぃちゃん」
池から上がり、水を含んで重くなった着物の裾を絞る。
「昔は見よう見まねでよくやっとったのぅ」
「…ねぇ、じぃちゃん。僕でも出来る事ってあるよね?」
「何じゃいきなり」
何の脈絡も無く聞いたリクオにぬらりひょんは不思議そうな顔をする。
「じぃちゃん。…僕、三代目を継ぐよ。もう組の皆を迷わせない」
夜と共に僕は…。
驚くぬらりひょんを見つめ、リクオはそう告げたのだった。
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