牛鬼謀反編A(夜昼)
何を思い、何を想うのか
煌めく白刃
振り下ろされた刃
先を見据えた瞳に写るものは―…
□牛鬼謀反編A□
風雲急を告げるかの如く、風が吹く。捩眼山を覆った雲がゴロゴロと唸り始めた。
《気を付けて、夜》
「あぁ…」
山頂へと足を運んだリクオは、牛鬼組の屋敷へと正面から堂々と乗り込んだ。
その直ぐ後、唸りを上げていた雲がカッと眩い光を発し、まるでこれ以上誰かが屋敷に入ることを拒むかのようにバリバリと音を立てて近くの木に落ちた。
「………」
薄暗い屋敷の中をリクオは迷わず進む。そして、とある一室の前でピタリと足を止めた。
細く開いた扉、その部屋の奥。牛鬼は扉を背に、何を考えているのか、静かにそこに座していた。
そんな牛鬼の側まで、リクオは足音一つ立てず移動し、その背に向かって口を開いた。
「何を考えている…牛鬼」
その声に、牛鬼は落ち着きを払った様子でゆっくりと後ろを振り返る。
「あぁ、やはり来られましたか…。血を継いでいるのは確かなようだ」
一瞬絡んだ視線は、牛鬼がふと瞼を臥せたことで外れる。
《牛鬼…》
それでもリクオは警戒を緩めず、鞘から祢々切丸を抜いた。
「答えな、牛鬼」
降りだした雨が二人を外界から遮断する。
最小限の動きで牛鬼の首筋に祢々切丸を突き付け、リクオは言葉を続けた。
「何故こんな…短絡的に――俺を殺そうとしたのか」
"牛の歩み"と言われる程思慮深いお前が何故
《あの旧鼠も牛鬼が…?》
「………」
牛鬼はリクオの問いに答えず、逆に問い返す。
「牛頭丸を…倒したのですか…」
側近を殺されたか、はたまた御学友を殺されたか。引き金を引かれて…その姿に変わったのですか?
《牛鬼は一体何を…》
夜に投げ掛けられた牛鬼の問いに、昼は困惑する。
黙ったままのリクオに牛鬼は更に言葉を重ねた。
「どの段階(トキ)からです?夜だから?自らの意志で、変わられたのか?…聞きたいですな、リクオ様」
ひたりと何かを見極める様に、矢継ぎ早に紡がれた問い。リクオは祢々切丸を握る手に、僅かに力を込めて答えた。
「……質問してるのはこっちだ。…その気になればその首、はねることも出来る」
ヒュッと、リクオの言葉が終わると同時、首筋にヒヤリとした感触が走った。
「私の質問に答えるべきだ、リクオ」
一つずつ明確に答えろ。
一つでも納得できねば耳をそぐ。腕を落とす。
「その気になれば首を落とすことが出来るのはお主だけでは…ない!」
瞬きの間、首筋に添えられた牛鬼の刃には、強い覚悟と意志が込められていた。
互いの首筋にヒタリと突き付けられた刃。
正面から相対す形で、牛鬼は静かに再びリクオに問いかけた。
「朝になればその姿からまた元に戻るのか、リクオ」
「ああ…そうかもな」
「そして妖怪であることは忘れてしまうのか」
《もしかして牛鬼は…》
夜の目を通してすべて見ている昼は牛鬼の思惑にいち早く気付く。
「もう一度きく。自らの意志では妖怪変化を成せぬのか」
「今のお前は昼間の記憶はあるか」
「"昼"がその姿を知らぬなら夜と昼は…別人だというのか」
誰が教えたのでもなく、リクオの真実を掴もうとしている牛鬼に、対峙している夜は唇を歪めた。
「…随分詳しいじゃねぇか牛鬼。…そんなに俺が気になるのか?」
ぐっと夜の首筋にあてられていた刃に力がこもり、血が流れる。
「質問に答えろ!このうつけがぁあ!」
牛鬼の怒声と共にぶわりとリクオの周囲を取り囲むようにして、見たことのある面々が現れた。
《あれはガゴゼ!?蛇太夫に旧鼠も!》
幻覚か!?
「言えよぉぉ、リクオォォ〜。ガキのおめーに殺された…オレによぉ〜。あんときゃぁどーだったんだよぉお――!!」
襲い掛かってくるガゴゼを祢々切丸で横凪ぎに切る。
「変化したのは気まぐれか?四年後オレを殺したときも…お前は組を継ぐ意志があるのか。それが知りたい」
迫る蛇太夫を返す刀で斬る。
《夜、牛鬼は…》
「分かってる」
内側からの声に夜は一言返すと、蛇太夫に続き、喋り始めた旧鼠をみやる。
「知っているか?二代目が死んでから…組が弱体化してしまっていることを」
ザザザッと足元に小さな塊があることに気付く。
「テメェに…秩序をなくしたこの世界(シマ)を、もう一度まとめる気があるってのかぁ――!?」
小さな塊、ネズミの群れが足元から上ってくる。
「くっ―…」
そして、倒したはずのガゴゼと蛇太夫、旧鼠がリクオに襲いかかった。
《夜!》
「心配するな昼。分かってる」
夜は場違いにもふっと笑みを浮かべて、昼を安心させるように言った。
「自分を守ってくれる百鬼夜行がいなければそんなものか!…総大将は違った!お前の継いだ血はくさってしまったと言うのか!」
幻覚の敵に囲まれ、身動きできないでいるリクオに牛鬼は失望し、声を荒らげる。
しかし、
「牛鬼よ…、ためしてんのか?俺を…みくびんじゃねぇよ」
次の瞬間それは驚愕へと変わった。
「これは…奥義明鏡止水―…。総大将が使っていた技…」
ガゴゼも蛇太夫も旧鼠も、一瞬にして跡形もなく消え失せた。
「答えてやる牛鬼。…夜の、俺の意志は変わらねぇ。血に目覚めた時からな」
昼を守り、昼が守りたいと思うもの全てを守る。その為に…
「俺は三代目となり――てめぇら全員の上に立つ!」
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