心、溢れる(夜昼+黒羽丸)


陽が沈み、闇が深まる
シマの秩序を守る為
今夜も一羽の鴉が空を舞う―…



□心、溢れる□



それは、ある意味自然な成り行きであった。

「あれは…若?」

昼から夜へと主導権が移り、夜はいつもの様に銀の髪を靡かせ誰にも見つからずに奴良組を後にする。

《蛍かぁ。良く見つけたね》

「たまたまだ。お前なら喜ぶだろうと思ってな」

今夜は珍しく徒歩で、人通りの無い自然の多く残る道を夜は目的を持って歩いて行く。

「もう少しだ」

気紛れで通った夜の散歩道に蛍の群れを見つけ、何となく昼にも見せたくなった。

昼ならきっと嬉しそうにその光景を眺めて、蛍に負けないぐらい綺麗に笑うんじゃねぇかって思って。

水辺に立ち、思い描いただけで夜の心はほんわりと温かくなっていた。

《あっ、あそこ?何か光って…》

草木を掻き分け進んだ先に、川と言うには少し小さい水の流れが現れる。

人工灯の届かない、自然の闇夜にぽつぽつと淡い光が浮かぶ。ふよふよと戯れるように光が交錯し、さらさら流れる小川の音が優しく幻想的な光景を生み出していた。

《うわぁ……、綺麗…。これみんな蛍?》

「あぁ。…これを見付けた時、お前の顔が浮かんでな」

見せたくなった。と、ゆるりと目元を和らげ告げた夜に昼の頬が薄く染まる。

《…っ、ありがとう夜》

透き通った水面に蛍の発する光が揺らめき、照れながらも嬉しそうに笑う昼のリクオの姿が、ゆらりと朧気に水面に映し出された。

《嬉しい…。凄く綺麗だね》

どういう現象かは分からないが、最近になって鏡や水を通してだが、現実の世界でもお互いの姿を目にすることが出来るようになっていた。

「そうだな。…一人で見るより、お前と見た方が何もかも鮮やかに見える」

蛍から水面に視線を落とし、夜はふと口元を緩めて笑う。

《それは…僕も同じだよ》

ふわりと昼も夜を見つめ笑みを溢した。

やがて風上から吹いてきた緩やかな風が蛍を舞い上げる。一斉に空へと…。

《あっ…》

「時間切れだな」

その風とは別に、川辺に立つ夜の背後へ風を纏い一つの影が降り立った。

「若。夜のお姿とは、何事かありましたか?」

バサリと背から伸びる黒い羽を羽ばたかせ、静かに現れたのは鴉天狗の長男、黒羽丸だった。

生真面目な黒羽丸は常のパトロールの癖で異常が無いか素早く周囲に視線を走らせ、偶然ソレを見つけてしまう。

「え?若…?」

水面に映る、目の前の人の昼間の姿。

「これは一体…」

困惑した様に呟いた黒羽丸を、夜はゆっくりと振り返った。


「いずれお前達には…と思っていたが。さて、どうするか」

そして、昼に向けていた穏やかな表情とは一変、鋭い眼差しが黒羽丸へと向けられた。

「―っ、わ…か…?」

リクオの覚醒した姿をみるのが初めてというわけでもないのに、黒羽丸の背筋にゾクリと言い知れぬ震えが走った。

《夜、なに苛めてるのさ。そりゃぁ、邪魔されてちょっと残念だとは思ったけど…》

相手は黒羽丸だし。仕方ないよ、と昼は夜を宥めるように言う。

本当に残念だと伝わってくる昼の気持ちを感じて、夜も仕方なくふっと纏っていた空気を緩めた。

それに黒羽丸が小さく息を吐く。

「黒羽丸」

「はっ、何でしょうか?」

「これから俺が告げること、鴉天狗には言うなよ。他言無用だ。出来るな?」

リクオが自分を信用して何か重大な秘密を話してくれようとしている、と黒羽丸は冷静な頭で受け止め、重く頷いた。

「はっ。それが若のご意向ならば、親父にも誰にも言いません」

片膝を付き、リクオの前で頭を垂れて黒羽丸は忠誠を見せる。

《黒羽丸…》

その姿を昼は夜を通じて見つめる。

「良い心掛けだな」

フッと弧を描き、瞳を細めた夜は黒羽丸に二つの秘密を打ち明けた。

夜がくれば自在に姿を変えられること。昼と夜は人間と妖、別々の存在であること。

「そう…でしたか。その様な重要な事柄、お教え頂き嬉しく存じます。必ずやその秘密お守り致しましょう」

黒羽丸は話を聞いて驚いた後、また律儀に礼をとる。

「あぁ、時が来るまで頼むぜ」

「はっ。それでは俺はパトロールの続きがありますのでこの辺で。御用の際は近くにいるカラスに声をかけて下さい。すぐ参ります」

「おぅ」

ペコリと頭を下げて飛び立つ黒羽丸を見送り、昼が夜の中で小さく笑みを溢した。

《心強い味方が出来たね。黒羽丸はきっと夜の役に立つよ》

「あぁ、お前を守る為の刃も一つ増えた」

くるりと、背を向けていた小川に夜は向き直る。
ゆらゆらと水面に揺れる昼の姿を見つめ、夜は言葉を続けた。

「だが、お前を守るのは何時も俺でありたい」

《夜……》

「守らせろよ昼。他の誰でもない、俺に」

スッと真剣な眼差しで射ぬかれ、昼の鼓動がとくりと脈打つ。

絡めた視線は揺らがず、夜の想いが昼の心を溢れさせる。

《…夜、………会いたい》

水鏡越しなんかじゃなく、今、キミに触れたい。

二人の間にある距離をもどかしく感じながら、心が溢れるままに、昼は想いを言の葉へと変えた。

それを夜はしっかりと心で受け止め、

「…今宵は夜が明けるまで帰せねぇな」

早く二人きりなれる場所へと踵を返した。



end



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