続く背中(夜昼+鯉若+総珱)


さわさわと夜風に流れる木々の囁き
時折注ぐ月明かりと前を行く大きな背中
繋がれた指先は大切な人へと続く―…



□続く背中□



ひんやりとした冷たい風から熱を帯びた暖かな風に入れ替わり始めた頃。
昼はゆるゆると嬉しげに表情を綻ばせ、指先同士を絡めた右手を軽く引いた。

「夜」

「ん?どうした?」

前方を見ていた夜は引かれた手にすぐに反応を返し、隣を並んで歩いていた昼へと視線を落とす。

「なんか楽しいね」

ふわりと心から溢された微笑みに、夜は前方に少しだけ視線を戻して頷き返した。

「あぁ…、そうだな」

夜から返ってきた同じ気持ちに昼も前へと視線を向ける。

「随分暖かくなったなぁ」

「そうねぇ。つい最近までもう一枚羽織らなきゃいけなかったけど…」

柔らかな笑みを浮かべた若菜の小さな右手を鯉伴の左手が包み、ゆっくりと歩く度に鯉伴の肩に掛けられた黒い羽織がゆらりと揺れる。

「これならお前を連れていけるか」

「鯉伴さん?」

「久々に夜の空中散歩、こんだけあったかけりゃもう凍える心配もねぇしな」

にぃと口角を吊り上げて鯉伴は隣を歩く若菜を見下ろした。

「どうだ若菜?月夜のデートなんてのは」

久方ぶりのデートの誘いに若菜は薄く頬を染め嬉しげに表情を綻ばせる。
返事を聞かずともその表情だけで答えは伝わった。

「…昼。お前はどっか行きたい所とかあるか?」

前方にある背を眺めていた昼は不意に隣から掛けられた声に夜を見上げくすりと笑う。そして、首を横に振った。

「ううん、今のところ無いかな。今は…こうやって夜の隣にいられるのが良い」

「っ、そうか」

「…うん」

人通りもない道を月明かりだけが照らし、揃って薄く頬を赤くした夜と昼は交わっていた視線を前へと反らした。

鯉伴と若菜の先ではぬらりひょんと珱姫が仲睦まじい様子で歩いている。

「この辺は暗いからのぅ。お珱、足元には気をつけろよ」

「は…っきゃぁ!?」

「っと…危ないのぅ。ワシが抱いていってやろうか?」

低い段差に足をとられた珱姫の腰を抱き、ぬらりひょんが珱姫の耳元でクツリと悪戯っぽく囁く。

「ぁ、妖様っ!自分で歩けますから!」

「そりゃ残念じゃ」

繋いだ右手は絡めたままで、珱姫はぬらりひょんからほんの少し離れた。

「きゃっ!」

それも僅かの間ではあったが。
珱姫の右手を軽く自分の元へと引いたぬらりひょんは絡めていた指を解くと珱姫の肩に回し、抱き寄せる。

「妖様っ!」

「そう恥ずかしがるな。誰も見ておらんさ」

背に視線を感じながらもぬらりひょんは嘯き、肩を抱いた手で珱姫の艶やかな黒髪を撫でる。頬を紅潮させて慌てる珱姫にくつりと笑い、ぬらりひょんはちらと背後へ視線を流した。

その視線は鯉伴と夜の視線にぶつかり、二人は静かに一つ頷く。
誰も馬に蹴られたくはない。

「夜…?」

「ん、何でもねぇ。それよりジジィは何処まで行くつもりなんだか」

奴良組の屋敷からは大分離れ、周囲を緑が覆う。そんな見慣れぬ景色を眺め、夜は夜空を見上げた。
落ちる月明かりに銀髪が煌めき、夜の精悍な横顔を照らす。

「う…ん。僕達に見せたいものってなんだろね…」

「どうせろくなもんじゃねぇさ」

言いながら肩を竦めた夜の横顔を見つめ、昼はうっすら薄く頬を染めた。
繋いだ指先から夜の体温を感じ笑みを溢す。

そうして再び前へと視線を戻した。

視界には目指すべき、越えるべき大きな背中。そしてそれを支える小さな背中。

前を行く二組の姿に自分達はどれだけ近付けているのか。
いつまでも眺めていたい気持ちもあるが、いつかその背を追い越したい。
夜と二人で。

そう思いながら絡めた指先をきゅっと握れば、優しく握り返され夜がポツリと呟く。

「…まだ遠いな」

「うん…。でもいつかきっと」

「あぁ」

同じ思いを胸に抱いて夜と昼は前を行く大きな背中を飽くことなく見つめていた。



end



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